cuc_V&V_第53号
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3753トピックス市原市を南下していくと、山々に囲まれた田園地帯に一軒家が点在する風景が広がる。東京駅から電車で一時間ほどの首都圏とは思えない「里山」の風景であ る。小湊鉄道の乗降者がピーク時の約三割に減るなか(日刊工業新聞2017年5月17日付)、この地域を中心に2014年から開催されている「いちはらアート×ミックス」では、アートによる地域おこしが目指されてきた。2016年4月、当時大学院生だった私は、院生仲間と小湊鉄道線を伝って市原市の南部地域を歩きまわった。当初は「いちはらアート×ミックス」への関心から訪れただけであったが、この地で私たちは、上総牛久駅前にある牛久商店街の住民と出会い、次第に交流を深めていくことになる。市原市牛久はかつて、交通の要衝として栄えた宿場町であった。そのため、上総牛久駅周辺はわりと開けており、現在でも地域のハブ的な様相を呈している。駅の北側、圏央道につながる国道297号沿いにはチェーン店が立ち並ぶ一方、駅の南側、国道409号沿いを中心とした商店街では、古くからの商店が種々の商売を営む。その商店街を切り盛りする牛久商店会は、地域コミュニティ紙『南いちはら応援団新聞 伝心柱』の発行やナイトバザール「うしく光とアートのフェスティバル」の催しに長年携わってきており、「いちはらアート×ミックス」立ち上げの際にも重要な役割を果たしていた。しかしながら、少子高齢化の流れを誰も止めることができず、何を企てても店の売上げの大幅な向上には結びつかないといった厳しい現状を店主たちは認識していた。また、「いちはらアート×ミックス」における作品展示は、この地域を一時的に盛り上げはするものの、住民の生活や人生のありようを持続的に表現する回路にはなりえていないようであった。そして、百店舗ほどから五十店舗ほどまでに減ったという商店会には新規参入者がいないため、メンバー同士の関係性が固定化されがちであり、そこから何か新しいものを生み出すことは容易ではない状況にあった。商店街の人びとから様々な話を聞き、以上のような課題を理解するようになった私たちは、商店街の人びとのライフ(生活・人生)そのものが主人公になるアート作品の制作を主眼に、彼・彼女らのライフストーリーを掘り起こし、表現するプロジェクトを立ち上げた。著『アート・ライフ・社会学―エンパワーするアートベース・リサーチ』所収)(後藤・坪井、2020)をもと に、地域社会における人びとのライフの共有と継承について考え、第3節では、「生きられる亡き人―時間の旅としての四国遍路」(浜日出夫編著『サバイバーの社会学―喪のある景色を読み解く』所収)(後藤、2021)をもとに、他者の人生を記憶し保つメディアとしての人間について考えてみたい。『アート・ライフ・社会学――エンパワーするアートベース・リサーチ』(晃洋書房、2020年)『サバイバーの社会学――喪のある景色を読み解く』(ミネルヴァ書房、2021年)2.ライフの共有と継承  ――ライフストーリーのビジュアル化とサウンド化里山の風景と人生の景色内房線の五井駅から小湊鉄道線に乗り換え、千葉県

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