cuc_V&V_第53号
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4553トピックス女将本人にこの歌を聴いてもらうと、彼女はとても喜びながら、「すばらしい人生だと思う、曲を聴くと」と言って、自身の人生を肯定してくれた。その一年後の2018年7月、旅館大津屋は閉館した。次のような会話とともに、街の子どもたちが彼女の『きおくうた』を鼻歌で歌ってくれるとしたら、私たちは嬉しい。「あ、これ、女将さんの曲だ」「こういう女将さんの歌あったよね」「こんな人が旅館で街を見守ってきたんだよ」「また会えるかな」――。3.メディアとしての人間  ―生きられる亡き人四国遍路と死別の物語筆者は2014年より、八十八ヶ所寺院を巡礼する四国遍路の経験者、および、お接待を通して遍路をサポートする四国の地域住民の双方から、四国遍路にまつわる体験を聞き取ってきた。現時点で百名程となる聞き取り協力者たちは、巡礼やお接待を通じて会話を交わした他者の言葉を、直接話法を多用して自身の語りにとり入れていた。その一例として、ある住民の語りを聞いてみよう。1946年生まれの男性、山田さん(仮名)は、会社を退職後、徳島県の一番札所の町に帰郷し、寺に続く道の一角で飲食店を開くとともに、幼少期に母親が熱心に実践していたお接待を自身でも始めた。2012年の冬、山田さんが初めてお接待を施した相手が、東日本大震災で肉親を亡くした青年遍路であった。そのときの体験を、山田さんは私にこう語っている(2014年6月23日、山田さんの店舗兼自宅にてインタビュー録音)。なお本稿では、筆者による加筆・注釈を〔 〕で示す。真冬の寒いときで。ガラガラガラっと〔シャッターを〕開けたん。若いしが、白衣着て、まっさらな、体のこまい〔小さい〕若いしが。「お! 白衣、まっさらやらなあ」って言うて。そんとき、ひとりでに出たもん、その男に、「あ、お茶入れてあげるけん。はよ、入ってき」。そんで、開けたるけん。「すいません……」って、入ってきたけん。真冬やけん、ストーブ、ストーブ、ストーブじゃ。「すぐ、ぬくうなるけんのう」ちゅうて。そんで、番茶やけど、お茶あげたん。「どっから来たん?」って、こうやって。「福島です」「あ、ふ……。あ、ふ……」。それでもう、〔わしは〕もの言えなんだよ。「大変だったなあ。家は、いけるんで〔大丈夫〕?」とか、いらんこと、〔わしは〕しゃべりやけど、そのときは、まだ言えん。「あの、ご主人さま」って言うたんかな。「これなんですよ」。はや一発目で、わしが詰まったやろ。「ふっ」て、終わったんや。んで、「ああ、そうか……。お茶入れるけんな」つって、こうやってこう。〔会話は〕もう終わりじゃ、もう終わりじゃ。「はい、〔お茶〕どうぞ」「あのう、来るときに私、五十も上の学校の先生している人やけどね。『〔四国遍路に〕行ってきます』言うたらね、あれですわ、『お前、今、福島から行って、もう、気いつかうぞお』って。『お前、福島言わんと、まわれんか?』と、そこまで言われた」っちゅうて。そしたら、一発目でわしきて、「どっからきとん?」「福島」「あ、ふ……」。こうや。そで、黙ったで。「ああ、これですわあ」って言って、「ああ……」。一発目、一発目で。そりゃあ、気になっとったんやと。で、来た途端に「入ってこおい、お茶」って言われて。そんで、お茶入れて、「どっからきてんねん」。そで、終わり。なんの質問もできんでな、わし。向こうから言うならできるけど。「ああ、これなんですね、これじゃあ」。なにを言いよる。いやいや、こういう事が起きたけん、気つこうてな。もの言うてくれんぞ。もの言えんのじゃわ。「大変だったなあ」。その次はなに? 「あんたんとこ、いけたんかあ〔大丈夫〕?」。言えんで。なんの勉強もしとらんぞ。ぶっつけ本番で、わしは。これが正直に、ぶっつけ本番が出たわけやな。学校の先生に「福島って言うただけで、もの言うてくれんぞ」って言われて。あれ、悪い意味でなしにな。気の毒でな。ほんで、向こうで、ぺらぺらしゃべっていく。そじゃけん、「うちの家は、おじいちゃんとお父さんとお母さんと弟が、死にました。僕だけです、生きたのは」「ゆええ!」。ほんで、「二百メーター離れたところに、おじさんがおるんじゃけど。おじさんの家族、おじさん、おばさん、私より三つ違う、もう一人おるんですけど、あのう、よそでおったから〔助かり〕、あのう、ワン、ツー、死にました」。そんで、「一キロ離れたところ、約一キロ離れたところは、またここも、おじさん、おばさん、そんで、僕のいとこの女の子、あのう、死にました」つって。「いええ……うええ……」。親類三軒、全滅や。なにも言えんで。「そんで、あなただけ助かったん!」。こんなもん、言えんだろ。ほだ、向こう手が、全部しゃべる。ほなけん、「あのう、いとこ、僕、それとこっちも、あのう、三人は全部、長男が助かったんです」「ああ、よかったね」って言えるか。言えんだろ。だまっとった。「ああ……ああ……」。〔――小さな声で〕てんてんてんてん。「そりゃあ助かりますよ、三人は。

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