cuc_V&V_第53号
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4653トピックスお好きだったら、あのう、渡していきますが」って言ったらね。そのおばさんが、「うわあー!」っと、〔涙〕流れてね。「俺、いったい、なに悪いことしたんだろう」って、聞いたの。そしたらね、「今日は、うちの息子の命日なんです」と。そして、四国のね、なんだっけ、「◯◯大学」って言ったかな。「そこに入って、ラグビー部に入ってやってて、三年生だった。交通事故で亡くなった」のさ。「それが今日! 今日が命日なんです!」。そしてね、喜んで、「もう一枚、頂けませんか」って言われたから、「えっ?」って言ったの。「もう一枚ですか」って言ったらね。「実は、事故で亡くなったのは、うちの息子と息子の親友、二人とも亡くなったの。だから、この一枚を、その親友のほうに、できたらね、届けたい」と。しょうがない、二枚。「こんなこともあんのかなあ」と思って、あんなの持ってったらね。お母さん……、涙ぼろぼろこぼして。まさか、あたしんとこ見て、「息子だ」とは思わんよな。向こう、若いんだから。「お遍路さんにお接待をしたら、〔般若心経を〕やってくれたというのは、息子がね、代わりになって、こういうふうで、あたしんとこによこしたのかな」と思ったんじゃないの。四国の人だからね。四国遍路における他者との偶然で直接的な出会いを通して、ある者の意識は日常の社会秩序による統制を失い、宙吊りになる。すると、その透明な器としての身体には、誰か別の者の声が響き渡り、別の者の意識が投影されるようになる。その際の他者には、生者だけでなく、生者を介した死者も含まれてくる。人間の意識と身体は、亡き人の記憶を保持し、別の誰かに伝えるメディア(媒体)なのである。私はある日、四国遍路の道で、篠崎寛子さん(仮名、1956年生まれの女性)という遍路と出会う。それから七年間に及ぶ彼女との交流のなかで、私はメディアとしての彼女を介して、彼女の亡き息子と出会い、向き合うようになる。そして次第に気づいていくのだった。道端で咲く花にも、空を飛ぶ鳥にも、亡くなった命は息づいていると。あなたが生きていたこと、そこでさまざまに紡がれた関係性は今も生きていて、私たちのまわりで起こる、あらゆる出来事の縁起として、永遠に生き続けると。私たちは死に向かって生きる。しかしこの〈死にゆく今〉を、生きとし生けるものが記録し記憶している。ライフとは、あなたのことを記憶する命であり、誰かに記憶される命のことである。大阪の大学、ふたり。わしは東京……、私は東京の大学でしたから。揺れました、東京も」、な。「うわああ……」って。「ほんで、やっぱり〔四国遍路に〕行きよんか?」。そじゃけん、「大学一年です」って。阿波一国。二年〔目〕、高知、な。次、愛媛一国。次、香川一国。そんで四年。「必ず寄りや」、わし言うたん。「夏になるか、冬になるか分かりませんが、〔大学四年間で巡って〕四年後には必ず、ここに帰りしなに寄ります」「やああ、もう、ほな、気つかわんでもええけど、まあ寄ってください、寄ってください」って言って。必ず、寄ってくれるわ。このような死別の物語が、四国遍路では行き交う人間を介して、すなわち人間をメディア(媒体)にして交差している。ライフ――あなたの人生を記憶する命今度は、遍路側からとらえた住民との対話に耳を傾けることにしよう。1934年生まれの男性、青木さん(仮名)は、夫婦で四国遍路に出かけることを心待ちにしていた妻を旅立ちの直前に亡くした。1999年、妻の遺影と共に通し打ちの歩き遍路を行った青木さんは、お接待をする四国の住民のひたむきな姿に打たれる。それ以来、十数回に及ぶ通し打ちのなかで、青木さんは遍路道に捨てられた空き缶やゴミを歩いて拾い集め、代わりに花の種を撒くなどして、四国遍路の活性化に尽くしてきた。青木さんが私に語ったのは、自筆の般若心経を持参して歩き遍路を行っていた最中に起きた、ある女性住民との出会いである(2014年9月14日、千葉県の青木さんの自宅にてインタビュー録音)。不思議なことあったよ。途中でね、あの、おばさん、牛乳とかなんかを配達してるおばさんがね、向こうから来たのわかったの。そしたら、そっちの小屋に入ったんだ。そしたら、走って出てきたんだ。「お遍路さん」って言って。行ったらね。「お遍路さん、これね、あのう、〔牛乳〕一本なんだけども、途中で飲んでください」と。俺のこったから、「じゃあ、喜んで頂きます」と。「あたしはね、こういうことをやってんです」と、それ〔般若心経の写経〕を出して、一枚出してね。「これ、好き嫌いがあるんで、嫌いだったら別としてね、後藤一樹・坪井聡志 (2020) 「私の人生を歌える?――ライフストーリーのビジュアル化とサウンド化」(岡原正幸編著『アート・ライフ・社会学――エンパワーするアートベース・リサーチ』晃洋書房)後藤一樹 (2021) 「生きられる亡き人――時間の旅としての四国遍路」(浜日出夫編著『サバイバーの社会学――喪のある景色を読み解く』ミネルヴァ書房)Harari, Yuval Noah (2011) Sapiens: A Brief History of Humankind. 柴田裕之訳『サピエンス全史――文明の構造と人類の幸福(下)』(河出書房新社、2016年)Stiegler, Bernard (1994) La Technique et le temps: Tome 1. La faute d'Epiméthée. 石田英敬監修『技術と時間1――エピメテウスの過失』(法政大学出版局、2009年)参考文献

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