cuc_V&V_第53号
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353際に最低賃金の引き上げが行われた国や地域の雇用量や失業者数に関するデータを取得し、引き上げの前後で雇用や失業がどのように変化したかを確認することが考えられる。しかし、仮に最低賃金引き上げ後の雇用量が引き上げ前より増えていたとしても、単にその時期に景気が良くなっただけかもしれないなど、最低賃金以外の要因が影響を及ぼしている可能性もある。そうしたことを考慮しながら、因果関係を抽出するための様々な工夫が行われており、ここではノーベル経済学賞を受賞した研究を中心に、複数の研究事例を紹介している。2本目は、マクロ経済分析における加工統計について、SNA(System of National Accounts:国民経済計算)やGDP(Gross Domestic Product:国内総生産)を取り上げて概説している。マクロ経済学で参照される指標には様々なものがあるが、このうちGDPは材料となる基礎統計(一次統計)から加工を経て作成される加工統計(二次統計)であるという特徴を持っている。つまり、観察されたデータを加工することにより、新たなデータが作成されるのである。また、GDPの値には、現実の取引に加えて、実際には金銭の取引が存在しない帰属家賃サービスなどの活動も含まれている。他方、GDPには様々な問題点もあり、代替的な指標も考案されてきたが、現時点でもGDPはマクロ経済分析における最も重要な指標の1つとされている。ここでは、このような統計が作成された背景や、いまだにその地位が揺るがない理由について考察している。3本目は、管理会計研究におけるデータ分析の方法と可能性について検討している。管理会計は会計学のなかでも組織内部のマネジメントを扱う分野であり、企業の意思決定を研究対象とするという意味では経済学や経営学とも密接に関連している。ここでは、従来の研究方法としてアーカイバル、実験、サーベイという3つの手法について概説したうえで、新たな研究方法として神経科学の知見を応用したデータ分析の可能性について検討している。アーカイバルとは、組織が第三者に向けて開示した情報を収集して分析する手法であり、公表された財務データの分析が中心となる。実験とは、被験者に特定の課題や情報を与え、そこでの意思決定や行動からデータを収集して分析する手法である。そして、サーベイとは、調査対象となる母集団に対して質問票調査を行い、情報を収集して分析する手法である。これに対して、神経科学は人間の脳の活動を測定しようとするものであり、これまでの研究でブラックボックスとなっていた部分を解明できる可能性があるとしている。4本目は、生産管理の現場における人的なミスの発生に関する研究事例を概説している。製造企業では、製品がどのような部品構成で作られているのかを階層的に示すBOM(Bill of Materials:部品構成表)が必要になる。しかし、新製品の投入や設計の変更が頻繁に発生するようになるとBOMの作成に十分な時間をかけることが難しくなる。また、近年では、製品の仕様がより複雑化しており、BOMの内容もますます複雑なものとなってきている。その結果、製造現場ではBOMの作成における誤りがたびたび発生しており、人的なミスの低減に有効な対策を立案すべく、作業者の行動に影響を与える要因を特定するための研究が進められている。ここでは、そうした研究のうち、作成された構成マスタ(BOMの一部)のレビュー作業に着目した研究と、構成マスタの作成作業そのものに着目した研究を紹介している。いずれも、実験によってデータを獲得し、分散分析という統計学の手法によって仮説の検証を行っている。5本目は、ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)論の観点から、自治会・町内会の組織運営に焦点を当て、ポスト・コロナ時代に求められる持続可能な地域社会運営について検討している。その際、量的研究と質的研究を組み合わせた混合研究法という手法を用いることが強調され、その代表的な組み合わせ方として、アンケート調査などの量的研究を先に行い、その結果について理解を深めるためにヒアリング調査のような質的研究を行う方法と、質的調査を先に行い、その結果に基づいて設定した仮説を検証するために量的調査を行う方法が紹介されている。さらに前者の例として、千葉県鎌ケ谷市の市民団体等を対象として実施したアンケート調査と、そのなかの一部の団体に対して行ったヒアリング調査の結果を概説し、後者の例として、東京都葛飾区の自治会に対して行ったヒアリング調査と、そこから得られた仮説を検証するために東京23区の住民を対象に行ったアンケート調査の結果を概説している。千葉商科大学政策情報学部教授 経済研究所長小林 航KOBAYASHI Wataru特 集社会科学におけるデータ分析

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