cuc_V&V_第53号
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753研究に影響を及ぼした。つまり、データを用いて経済学的な実証分析を行うには、その因果関係を明示することが当たり前となっている。そういった観点から、彼らの業績は計量経済学の統計手法が大きく発展する契機の1つとなったともいえよう。くわえて、Angrist氏のベトナム戦争の分析におけるデータは行政記録情報や政府統計の個票データを用いていることから、プライバシー保護のうえ、このような政府統計の学術利用促進が望まれるといえる。2019年のノーベル賞32019年のノーベル経済学賞を受賞したのは、Abhijit Banerjee氏とEsther Duo氏とMichael Kremer氏の3人で、世界的な困窮緩和への実験的アプローチが評価された。特に、開発経済学におけるランダム化比較実験(Randomized Controlled Trial : RCT)が評価された。Rはランダムに評価したいものや政策の有無を割り当て、Cは結果に影響を与えると考えられる環境をコントロールすることを指す。これ自身は医学界で新薬の試験などで用いられており、新たなものではないが、これを発展途上国の貧困削減に用いたことが評価され、彼らの受賞となった。その成果は、『貧乏人の経済学』として本が出版されており、邦訳もされている。彼らの研究から2つほど紹介してみたい。3.1 教育Duo氏やKremer氏の論文からは以下のようなものがわかった。例えば、ケニアにおいて、学校給食を無償で提供する、学校の制服を配布する、教科書を無償で配布するといった施策を行った学校とそうではなかった学校とを比較し、それらの施策を行った学校へ通う児童の人数が有意に増加したことを示している。しかし、その結果から、様々な問題点もみつかった。例えば、教科書を無償提供したところで、その60%の児童の成績には影響がないということであった。なぜなら、この分析対象であるケニアの国内事情が明らかになったからである。ケニアにおいて英語は公用語の1つであるが、これは母国語であるスワヒリ語からみると、第3の言語にすぎず、英語で書かれた教科書は、中低層のレベルの児童には理解できず、役に立たなかった。そのため、成績に影響がなかったことがわかった。さらに、学校のカリキュラムが上位者(主にナイロビといった都市部)向けのものであり、中低層のレベルの児童には難しすぎるというものであった。くわえて、Banerjee, Duo and Glennerster (2008)は、インドの小学校における習熟度別補講の教育効果が高いことを明確にデータ結果で示している。実践的な貧困削減の評価を行ったことは、とても興味深いし、それをデータが表している。また、これらの研究から、教員のスキルの問題も露呈した。さらに、これらの結果から、データ分析における線形的な最小2乗法といったものは、そのデータ自身がかなり上方へのバイアスをもっている可能性があることも示されている。そのため、こういった最貧国のデータを用いる場合は、観測しえない特殊な要因が関わっている可能性があることを明らかにした。そして、このように貧困地域での様々なRCTの結果によった政策は、経済理論で想定されている施策よりも、より効果的な経済効果をもたらした。3.2 健康・衛生Miguel and Kremer(2004)は、いわゆる腸内寄生虫 (例えば、鉤虫(こうちゅう)、フックワーム(hookwarm)といわれる感染症を引き起こす腸内の吸血性の寄生性回虫)に対する駆虫薬を学校に供給することについての研究を行っている。この感染症は駆虫薬が有効とされているが、一方で、水質や衛生状況の改善も同時に進める必要があるといわれている。Miguel and Kremer(2004)は、NGOが行う駆除薬による集団治療とその衛生教育について調べ、それを行った学校から約3kmの範囲に、その外部性(駆除薬を飲んだり、衛生教育が行き渡る)がみられたとしている。これがWHOによる集団治療の提言に結びついた。そして、この駆除薬を用いた治療が、最も安価で効果がある政策であると結論づけられている。3.3 小括これらの研究はまさにランダム化比較実験を行うことによるEBPMとなっていることがわかる。政策を行うにもその資源に限りがある。その限られた資源の中で、最も効果的な施策を選択するためには、上記のようなランダム化比較実験は欠かせない。そして、経済学はそれをこれまでに行ってきている。はじめのと特 集社会科学におけるデータ分析

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