cuc_V&V_第54号
3/64

11 坂井正廣(1996)『経営学教育の理論と実践―ケース・メソッドを中心として―』文眞堂、7頁。千葉商科大学サービス創造学部 学部長・教授坂井 恵SAKAI Keiプロフィール1992年慶應義塾大学理工学部卒業、同年より公認会計士業務に従事。日本公認会計士協会専門委員等を経て2009年慶應義塾大学大学院商学研究科博士課程単位取得満期退学、同年サービス創造学部准教授就任。2015年より教授。2021年より学部長。専門は会計学。教育現場で新たな教育の手法やモデルの議論が盛んである。中でもアクティブ・ラーニングは、中央教育審議会がいわゆる「質的転換答申」を2012年に公表して以来、わが国の大学で最も注目される教育手法であろう。同答申は、学士課程教育を通じて生涯にわたって学び続ける力や主体的に考える力を持った人材を育成するには、知識の伝達・注入を中心とした授業からアクティブ・ラーニングへの転換が必要であると指摘した。やがてアクティブ・ラーニングは「主体的・対話的で深い学び」と言い換えられ、学部における学び方の議論に影響を及ぼすようになる。一方、義務教育ではない大学では、どのような授業方式であれ学生は主体的に授業に参加し、研究を通じて主体的・対話的で深い学びがなされることが、従来から暗黙裡に前提とされ教育が行われてきたと考えられる。しかし、私が学部生であった30年以上前から意欲的に研究しようとする学生は少数派であったと思われるし、大学進学率が50%を超えて久しい今日でも、学生たちの主体的な学びへの動機づけに苦労する大学教員は多いであろう。学部教育におけるこうした問題を意識した研究が、かねてから経営学の分野で行われてきた。1920年代にハーバード・ビジネス・スクールで始まり、その後全米に普及したケース・メソッドに着目した研究もその一つである。ケース・メソッドは、わが国でもビジネス・スクールで取り入れられてきたが、学部教育で採用されることは稀であった。本学の吉田優治教授は、ケース・メソッドの研究者としてこれを学部の経営学教育で実践し、そのための教材開発と教育論を展開していたが、やがて新学部設置に関わる機会を得た。同教授による経営学教育に関する長年の研究と実践経験を基礎に設計されたのが、2009年に開設されたサービス創造学部の「3つの学び」である。ケース・メソッドは、「ケースという教材を中心に教師と学生が一つのシステムとして連動することによって、ともに学ぼうとする学習システム1」であり、ケースを通じて実践における諸問題を自ら見出すことで、主体的な学びを促す教育である。この教育の鍵となるケース教材を多様化したのが、「3つの学び」と言える。つまり、理論学習のために開発されたケース(学問から学ぶ)に加え、現実の企業で起きているケース(企業から学ぶ)、学生が自ら経験したケース(活動から学ぶ)をも教材とする教育システムが、「3つの学び」 であると解釈できよう。また、教員と学生との信頼関係、教員のインストラクターとしての技能など、この教育システムを有効に機能させる諸条件も考慮し、緻密な制度設計と教員採用が行われてきた。これまでに「3つの学び」が多くの高校生をひきつけ、多くの学部生に主体的に学ぶ機会を提供してきた実績は、学部教育における学びの動機づけの難しさを考えれば、サービス創造学部の大きな成果と言える。質的転換答申公表の数年前にこうした教育システムを立ち上げた吉田優治教授の功績は、もっと評価されるべきであろう。さて、サービス創造学部の教育のうち、それを特徴づけている「企業」と「活動」からの学びがアクティブ・ラーニングとして注目されやすいが、この2つの学びの機会だけを求めるのであれば、大学よりも企業に身をおいた方が効果的であろう。では、大学ならではの学びとは何か?「大学では役に立たないことを学びなさい。」かつて成果の出やすい学びにばかり関心を向けていた私を諭してくれた恩師の言葉である。専門職として責任ある仕事を経験してようやくその真意に気づくようになったが、大学でこそ学ぶべき「有用の学術」について、あらためて考えていきたい。大学ならではの学びとは

元のページ  ../index.html#3

このブックを見る