cuc_V&V_第54号
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43参考文献遠藤隆吉『生々主義哲学綱要』西田書店、1992.11文部科学省「新しい学習指導要領等が目指す姿」、https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/siryo/attach/1364316.htm(2022年8月1日現在)河合塾大学教育力調査プロジェクト・2015年度「大学のアクティブラーニング 導入からカリキュラムマネジメントへ」https://www.kawaijuku.jp/jp/research/unv/former.html#block2(2022年7月31日現在)がなければ、気づくことも、受け止めて態度を変更することも、またそれを人に伝える方法ということも制限されたままになってしまうということである。表現する自由を与えてあげなければいけないし、その自由を互いが認めあえること、それを良しとする文化を、習慣を、持っていることが必要であろう。個々の学生の表現力というのは非常にバラバラで、また、学生の多くが「一般的匿名性」のもとで自分の表現をそれとしてあらわすことに歯止めをかけているようにさえ見える。単純に「成果」や「評価」を問い求める場面へと彼ら・彼女らを参加させてみても、あるいは、無理に参加させたところで、本当に良いものは出てこない。そういうものだろう。主体性をはぐくむという観点においては、無理になにかをさせる、ということをまずきっぱりと捨てたほうが良いだろう。主体性を求めることをきっぱりと捨てて、本当にまずは「耳を傾けてみる」ことが肝要であるように思えた。それなしには、やはりいつまでも、「受け身」的に何かの「オーダー」を待つ態度になってゆくものではないだろうか。主体性は、まず、主体と認められるところがなければならない。だが、それを認める人がいないことに根の深さがあるのである。そこで筆者は、上の3つの要点をひとくくりにして志向する指標キーワードとして、「プレシャスネス」というものを考える。それは「至高のもの」とか「尊いもの」とかと訳されるわけだが、要するに、考えるべき根幹は、「自分自身の幸福」であるということだ。だが「ハピネス」は人によって異なるし、物事が一つと限らない。だから筆者は、ハピネスを常に限りなく輝かしているその本質を「プレシャスネス」と呼び、その人自身がそれへと向かって、生きようとすることができるならば、その過程はたとえ困難でも、やはり、輝きうるものへの志向性―自分自身と結びつくこととして対象をとらえる―としての意義をいつでも持ちうるだろうと考えるのである。哲学や倫理学では学生たちにこれをよく聞いている。だが、みなこれにこたえることは難しいのである。だから、哲学ではプラトンのイデアやヘーゲルの無限性の話をするし、キルケゴールの可能性でもニーチェの力への意志でも、要するにそれぞれの学生自身がこの言葉を言い当てるための材料としてもらっている。また、倫理学では第一回目に必ず『100万回いきたねこ』の話をする。そこでは命そのものの尊さがなぜ生まれず、また、なぜ生まれるかについて話している。すべての教育、すべての知識や技術、社会、自分自身の在り方―それらはみな人々の理想あるいは〈プレシャスネス〉をめぐる創造である。遠藤隆吉は『生々主義哲学綱要』のなかで、生々は変化、すなわち進化であると述べているが、それをもって人間の存在の本質が、生命のそれとのひとつながりのところのものとして創造性であると看破している。筆者たち人間は、定まることなく、定めうるものとして、それをなんととらえるかによって四苦八苦し、苦悩し、時に絶望する。だが、だからこそ、これを新たに突破してゆく道筋を必要とする。だから学びがいる。その学びが、自分自身が存在することそのものの〈プレシャスネス〉に結びついている限りで、人々はその過程を必然的なものとして、あるいは可能性として、受け止める土壌を育みうるのではないだろうか。今の時代は情報過多となり、陰鬱とさせる情報が絶え間なく生活世界の中に鳴り響き、視野を奪い去ってゆく。夢や希望が描きにくくなっている。身動きが取れなくなってくる。構造的な限界と矛盾が露呈している。その詳細もまた別の機会に論じられなければならないだろう。しかし、こういう時にこそ、哲学が面白い。倫理学はまた新しい様々な世界の闇と輝きを教えてくれるものである。そうでなくてはならないだろう。筆者が提唱したいのは、個々が立ち戻るべき場所―〈プレシャスネス〉である。そのために、世界を知り、己を知り、他者を知り、これらがあることへと自らを差し向けさせ、そのための努力を培い、新たな自分の未来を開き、描いてゆくこと。そこに向かっての失敗は成功のための花道となる。そう、自分に言い聞かせながら、また新たな挑戦へと歩みを進めてゆきたい。

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