View & Vision No55
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21プロフィール早稲田大学法学部卒業、早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程満期退学、早稲田大学大学産業経営研究所助手、本学商経学部助教を経て、2019年4月から現職。千葉商科大学商経学部 専任講師根岸 亮平NEGISHI Ryohei近年、簿記や会計の歴史に関するテーマを扱った書籍が耳目を集めている。日本では、田中靖浩著『会計の世界史―イタリア、イギリス、アメリカ 500年の物語』やルートポート著『会計が動かす世界の歴史:なぜ「文字」より先に「簿記」が生まれたのか』、海外ではGleeson-white著『Double Entry: How the Merchants of Venice Created Modern Finance』がベストセラーとなった。これらの一般書の中でもしばしば焦点が当てられるのは、「複式簿記はいつ誰がどのように生み出したのか」という論点である。Luca Pacioliが1494年に著した算術書『Summa de Arithmetica, Geometrica, Proportioni et Proportionalita(算術・幾何・比及び比例全書』)』(以下、『Summa』という)に象徴されるように、現代会計を支える複式簿記は一般に中世イタリアにその起源があり、特にイタリアの商人によって生み出されたのではないかと言われている。実際、複式簿記が企業に適用された最も古い例は13世紀末のGiovanni Farolfi商会の帳簿であることが確認されている(例えばLee(1977))。しかし、これらの算術書や帳簿の存在は、複式簿記の登場から数十年経過していることを示している証拠にすぎず、その起源(誰がいつどのように生み出したのか)を明確に示す文献や証拠は未だ発見されていない。そのため、複式簿記の起源に関する歴史分析は、現代の会計学においても論争の的となる分野である。そこで本稿では、「複式簿記はいつ誰がどのように生み出したのか」という根源的な問いに対して、古代ローマ時代から複式簿記の起源とされる13世紀まで、ヨーロッパ特にイタリアにおける複式簿記に至るまでの歴史的展開を辿ることにより、会計学における歴史分析の一端を明らかにする。古代ローマは、イタリア半島を中心とした多部族からなる都市国家から始まり、王政や共和政を経て、領土を拡大して地中海全域を支配していた。De Ste. Croix(1956)では、この古代ローマの会計に関する解説を行っている。De Ste. Croix(1956)によれば、古代ローマの文明は数百年以上にわたり隆盛を極め、さまざまな人種や文化を受け入れたが、この時代における簿記には一貫性があり、重要な進歩はほとんど見られなかったという(p.33)。それまでのエジプト文明と比較して、古代ローマにおける簿記が技術的に最も進歩したといえることは、貨幣を採用したことであるという(De Ste. Croix 1956, pp.21-22)。古代ローマにおける帳簿には、受取、支払、商品、債務者、債権者が記録されていたが、費用を活動ごとに分けるという発想や資本的支出と収益的支出の区別はほとんどなく、複式簿記と呼べるような形跡はないという(De Ste. Croix 1956, pp.34-38, and 42)。一方で、古代ローマ社会では公的な会計責任の概念10複式簿記に至るまでの歴史的展開はじめに古代ローマ時代会計学における歴史分析

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