View & Vision No55
21/50

出所:財政部予算局(2021)「全国社会保険基金収入決算表」より作成。1 年金保険における「個人口座」の導入はチリやシンガポールの制度を見本としているが、医療保険における「個人口座」の導入は中国特有の仕組みと思われる。ちなみに、台湾では、国民年金の実施にあたって、「個人口座」を導入する案も検討されていたが、実施には至らなかった。2 伝統的な就労形態は「企業+従業員」モデルであるのに対して、新しい就労形態は「プラットフォーム+個人」モデルと呼ばれている。3 「2 億霊活就業者安全感誰来給?国家発話了」中国政府網(http://www.gov.cn/zhengce/2021-05/13/ content_5606191.htm,2023 年 1 月20 日アクセス)図4 各社会保険制度の収入構成(2021年)出所:国家医療保障局「全国医療保障事業統計広報」各年版より作成。図5 インフォーマル就労者の従業員基本医療への加入状況(2018~2021年)ういう意味では、台湾と同様に、中国も「無から有へ」ではなく、「有から変へ」であるがゆえに、「有」が「変」にとっての妨げになっている(上村2002、160)。従来の労働保険には個人拠出がなかったが、社会保障改革は国家負担の軽減から出発しているため、新しい年金や医療保険には政府、企業および個人の「三者負担」が導入されることとなっている。そこで問題は国民にどのように個人拠出を受け入れさせるかということである。拠出への抵抗を減らし加入意志を高めるために考案されたのは「個人口座」1である。自分の拠出はあくまで自分のために使われるように、個人が拠出した保険料は全額自分の個人口座に計上される仕組みとなっている。つぎに、住民保険は社会保険でありながら、法的には任意加入である。特に農村では、保険料の負担感が重く、なかなか加入が進まなかった。新型農村合作医療を普及させる際に、国が保険料の一部を補助する措置が導入されてはじめて、農民の加入インセンティブが高まった。統合された住民保険もこの仕組みに基づき設計されているため、その結果政府の補助金に頼らざるを得なかった。2021年の各社会保険の収入構成をみると、住民保険の財源の大半は財政補助であり、保険料収入が財源の大半を占めている従業員保険と対照的である(図4)。個人口座や任意加入は体制転換にともない、国民に新しい社会保障制度を受け入れさせるための措置で、全国民への制度普及には大きな役割を果たしたが、社会保険の財政難を引き起こす一因でもあった。年金の個人口座の場合、個人の積立として理解できるが、計画経済期の労働者のための年金積立が不足していたため、新しい基本年金への移行コストを、結局新制度適用世代が負担することとなった。「個人口座」の積立金が流用され、「空口座」(積立金の不足)の問題が発生した。年金保険に遅れて、改革が始まった中国の医療保険は「世界的難題」と言われ(宋2018)、当初から論争が多かった。年金保険の仕組みをまねて、医療保険にも個人口座が設けられ、軽い病気にかかった時、まず個人口座から支払う仕組みとなっており、政府および企業の負担を減らそうという意図があった。しかし、個人口座は完全にリスク分散機能を妨げることとなり、医療保険が機能不全に陥る大きな要因となっている。また、任意加入は住民保険を財政補助に依存させ、住民保険の加入者が増えれば増えるほど、財政負担が重くなっていく構造となっている。さらに、近年デジタル経済の進展により、急増したプラットフォーム就労者2といったインフォーマル就労者の社会保険加入が問題となっている。政府は2020年現在、自営業者や新業態就労者、パートタイマー、季節就労者などを含むインフォーマル就労者はすでに2億人にのぼると公式に発表しており3、これは同年都市就労者の43.5%にも相当する規模である。しかし、彼らは現役労働者でありながら、ほとんど従業員基本保険に加入していない。図5はインフォーマル就労者(中国語では「霊活就業人員」)の従業員基本医療保険への加入状況を表している。これをみると、加入者の絶対数が増えたものの、2021年現在の加入率は13.7%と2割にも満たない。これほどの規模の労働者が従業員基本保険に加入していないことは、従業員基本保険の空洞化を意味し、また住民基本保険に加入するとしたら、国の財政負担が増えることを意味する。19

元のページ  ../index.html#21

このブックを見る