View & Vision No55
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12プロフィール明治大学大学院経営学研究科博士後期課程修了。博士(経営学)。主著に、「ヨーロッパ・ビール産業における国際化の端緒:1960年代におけるハイネケンとカールスベアを中心として」『経営論集』第67巻、第4号(2020)など。千葉商科大学政策情報学部 准教授坂本 旬SAKAMOTO Jun経営学において、企業の行動や産業の隆盛を歴史的に分析する領域として、経営史がある。1927年に、ハーバード・ビジネススクールに経営史講座が設置され、その初めての担当者としてグラース(Norman S. B. Gras)が招かれてから、100年が経とうとしている(Fridenson 2008:9)。こうしてアメリカで誕生した経営史は、当初は経済史的な性格が強かったものの、その後は経済学や経営学をはじめとして、社会学や文化人類学など幅広い学問領域と隣接し、そうした社会科学の諸分野から様々な研究方法を導入することによって、極めて「学際的」な学問分野として発展してきた(中川 1981:3)。では、このように社会科学から多様な知見を得てきた一方で、経営史は社会科学の諸問題に対していかに接近し、いかなる意義を有してきたのであろうか。本稿では、社会科学のひとつである経営学において、歴史的な分析を行う経営史に焦点をあて、その方法の変遷と意義について検討する。先述の通り、経営史は20世紀初頭にアメリカで誕生した。この学問は、アーカイブ資料を用いてビジネスの歴史を研究するものであったが、その当初の実践者のなかには、歴史学に背景をもつ者はほとんどいなかった。そのため、初期の経営史は人文科学から大きく離れ、その代わりに学際的な特徴を有するようになった。例えば、歴史学が経営学教育において重要な役割を果たすことを望んでいた、ハーバード・ビジネススクールの最初の学長であるゲイ(Edwin F. Gay)は経済史家であり、その後に学長を務め、経営史講座設立の手配をしたドーナム(Wallace B. Donham)は弁護士であった。ドーナムは、ハーバード・ロースクールで初めて採用されたケース・メソッドの提唱者であったが、ビジネススクールでもこの手法を取り入れ、最初に経営史講座を担当したグラースも、個々の企業に関する詳細な実証的研究に注力することになった。グラースは、ケースの作成を行うだけでなく、それぞれの条件も過程も異なるケースを、一連の因果の連鎖からなる歴史としてまとめるために個別企業の歴史を編集し、そうした個別企業の歴史のうえに、特定の産業の歴史を描く一般経営史(general business history)を構想した(The Editors 2017:444;鈴木 2015:4)。こうした、ケース・メソッドにおいて当事者の立場に自らを置いて判断しようとする研究姿勢は、経済史との違いを明らかにすることにもつながった。グラースが強調したのは、経済史がものごとを「結果的(事後的)」に観察するのに対して、経営史はそれを「経過中」のこととして把握するという点であった。企業212.1 個別企業の歴史:「過程」という視点はじめに経営史の方法経営学における歴史研究の方法とその意義

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