View & Vision No55
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2 ミンツバーグ(Henry Mintzberg)らは、チャンドラーのStrategy and Structureについて、セルズニック(Philip Selznick)のLeadership in Administration(1957)と共に、経営戦略研究におけるデザイン・スクールの起源として紹介し、デザイン・スクールのビジネス戦略の概念および組織構造との関係についての概念を確立させたと指摘している。また、チャンドラーの研究は、デザイン・スクールに続くプランニング・スクールに対して強い影響を与えたアンゾフ(H. Igor Ansoff)などの経営戦略論の出発点ともなった(ミンツバーグ他 2012:27;安部 2004:59)。イプの計画的な成長に従って生じる管理上の要求に応えるために組織を変革する)という主要なテーゼを導き出したのであった(橋本 2007:3;Kipping and Üsdiken 2008:98)。このように、企業成長と組織、戦略の関係を歴史的発展のなかから描き出したチャンドラーの研究は、経営史家に対してはもちろん、経営学者や実務家に対しても多大な影響を与えた。経営学者にとって、同書は依然として古典的な事例研究のひとつとなっており、比較研究や理論構築型の経営研究の模範として広く参照されている。特に、Mフォームと呼ばれる分権的管理組織(事業部制組織)の発展という考え方は、戦略マネジメント分野の発展に寄与した主要な基礎のひとつであり、チャンドラーは、そのプロセス・アプローチの先駆者とも捉えられている2。さらに同書は、組織におけるコンティンジェンシー理論の基礎的研究のひとつともされ、状況適応としての戦略の重要性を指摘する根拠とされてきた。また、それと同時に、決定論的で過度に合理主義的なコンティンジェンシー理論に疑問を呈し、組織のデザインには選択の要素が含まれると主張する視点を正当化するものとしても、チャンドラーの研究は参照されている。以上のように、チャンドラーの一連の研究は、経営学や経済学に大きな影響を与えたが、こうした歴史家と経営学者の対話がこれを機に進展したかというと、必ずしもそうではない。1960年代に見られた両者の実りある交流が継続しなかったのは、その後の経営学研究において、新実証主義的な研究手法が主流になったことが影響している(Kipping and Üsdiken 2008:98-99)。こうした経営学の科学化とも呼ばれる潮流において、ド・ヨン(Abe de Jong)やヒギンズ(David M. Higgins)、ドリエル(Hugo van Driel)は、自らのアプローチを「新しい経営史(new business history)」として紹介し、経営史研究の典型的な方法である帰納的な事例研究の優位性は認めつつも、それは理論構築と仮説検証を通じたより科学的な方法で補完されるべきであると主張した。経営史を研究する者はまず、従来のような事例研究をオープンな視点で取り組むことになるが、そうした事例研究から得られる証拠には、2.4 もうひとつの新しい経営史:多元主義的アプローチ上記のような社会科学に触発された仮説検証型の研究に対して、デッカー(Stephanie Decker)やキッピング(Matthias Kipping)、ワダワニ(Daniel Wadhwani)は、近年の経営史研究にはその他にもいくつかのダイナミックな側面があるとして、解釈学的・定性的なアプローチを検討している。彼女らは、より狭い範囲財務指標や販売実績のように体系的に報告され、容易に定量化できるような特性を明らかにすることができるものもあれば、取締役会議事録のように、動機や因果関係の検討を容易にするものもある。そのため、事例の観察を通して得られた認識は、データの収集や仮説の検証など、他のタイプの研究手法によって補われる必要があると彼らは提案した(de Jong et al. 2015)。こうした、ド・ヨンらの考える経営史の科学的方法は、4つのステップの連続によって構成されている。ある特定の主題について、理論的な指針がない場合を想定すると、まず、この主題を予備的に理解するために、(1)事例の観察が有益となる。一連の事例観察の結果は、共通現象を明示し、それが時間と共に収斂するかどうかを明らかにすることに役立つ。こうした帰納的な一般化と推論を通して、(2)試験的な事例研究が行われ、その結果が(3)理論の説明につながる。ここでの理論は常に、その「内容」と「ドメイン」の2つで構成され、「内容」は主要な結果、つまり因果関係のメカニズムであるため重要であるが、「ドメイン」は時代や企業の類型など、コンテクストや境界を規定するものとなるため、同じく重視される。そして、こうした理論やそのドメインが特定されると、(4)演繹による仮説が提示される。その後は、さらに(1)に戻るループとなるが、その際には、単に事例を観察することには留まらず、次の(2)で理論構築へのさらなるフィードバックを生み出すことができるような選択が行われる(de Jong et al. 2015:12-13)。ド・ヨンらは、こうした方法を通じて、事例研究の観察から得られる結果や証拠と照らし合わせることで理論が構築され、それによって経営史における科学的説明は強化されると主張し、仮説検証型の実証研究や変数に基づく分析の導入を提唱した。232.3 新しい経営史:仮説検証型研究

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