View & Vision No55
28/50

プロフィール慶應義塾大学法学部政治学科卒業。慶應義塾大学大学院法学研究科政治学専攻修士課程修了。エクセター大学大学院歴史学研究科修了。優等修士(歴史学)取得。慶應義塾大学大学院法学研究科政治学専攻後期博士課程単位取得退学。博士(法学)取得。2021年10月より千葉商科大学国際教養学部助教。専門は国際政治史、イギリス外交史。1 E. H. カー(原彬久訳)『危機の二十年―理想と現実―』〔電子書籍版〕(岩波書店、2015年)。千葉商科大学国際教養学部 助教中村 優介NAKAMURA Yusuke2022年2月24日、ロシアがウクライナの侵略を開始した。ロシアによるウクライナ侵攻は、武力を用いて一方的に国境の変更をしてはならないという戦後国際秩序の原則を、国際連合安全保障理事会の常任理事国であるロシアが公然と破ったという意味において、現代の国際政治を揺るがす大事件である。そのため、各国の政治家や官僚、ジャーナリスト、研究者などはなぜロシアがウクライナ侵攻の決断に至ったのかということを明らかにすることを試みている。ロシアによるウクライナ侵攻が国際政治学者に与えたショックは大きかった。国際政治学のパラダイムの1つには、経済的相互依存が戦争を抑止するということを唱えるリベラリズムというものがある。戦後の世界ではこのリベラリズムの影響力は大きかったが、ロシアという大国が公然と侵略戦争を起こしたことによって、リベラリズムの地位は脅かされている。そもそもリベラリズムは20世紀以前から存在していたが、二度の世界大戦が勃発したことによって、リベラリズムは一時的にその権威を失っていた。国際政治学の古典的著書である『危機の二十年』を執筆した国際政治学者のE・H・カー(E. H. Carr)は、リベラリズムをユートピアニズムという蔑称で呼んでいた。カーは、彼らは現実を直視することができておらず、頭の中の理想郷で生きていると考えていたのである1。第二次世界大戦の終結後、日本のように経済大国として平和的に台頭したような事例もあったことからリベラリズムは復権を果たしたが、ロシアのウクライナ侵攻によってその地位は再び脅かされている。また、ロシアのウクライナ侵攻によって質的研究の重要性が見直されている。アメリカを中心として政治学の科学化が進められているが、科学というのは法則を見つけ出すものであり、国際政治という大きな視点からの分析では必然的に個人の個性は過小評価される傾向があった。しかし、今回のロシアによるウクライナ侵攻において、ロシアの指導者であるウラジーミル・プーチン(Vladimir Putin)が果たした役割の大きさを否定することはできないであろう。例えば、国際政治学者のデイヴィッド・A・ウェルチ(David A. Welch)は、次のように主張している。国際関係論の歩みの中で大きな間違いの1つは、ほとんど完全に個人の性格を無視したことだ。これについて責任があるのは、1つの学派だけではない。「構造的リアリズム」は、重要なのは国力だけで、いったん国力の分布が分かれば、国際システムのふるまいについても理解できるだろうと主張した。マルクス主義は階級だけが重要で、本当のところ重要なのは経済的階級の特殊利害と、その力が分かれば、歴史がどのように展開するのか必要なことはすべて理解できると言ってきた。コンストラクティビストは、重要なのはエージェ261ロシアのウクライナ侵攻と国際政治学日本における国際政治学と外交史研究

元のページ  ../index.html#28

このブックを見る