View & Vision No55
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2 デイヴィッド・A・ウェルチ「『個人の性格』を過小評価してきた国際政治学──ウクライナ戦争が提起する5つの論点(中)」『Webアステイオン』(https://www.newsweekjapan.jp/asteion/2022/12/5-1.php)(閲覧日:2023年1月23日)。3 アメリカの研究者たちも理論研究と歴史研究の関係について強い関心を持っている。代表的な研究として、コリン・エルマン/ミリアム・フェンディアス・エルマン編(渡辺昭夫監訳/宮下明総・野口和彦・戸谷美苗・田中康友訳)『国際関係研究へのアプローチ―歴史学と政治学の対話―』(東京大学出版会、2003年)を参照。ントと構造の相互作用であり、ひとたび適切な社会学的動態が分かれば、世界秩序の進化について必要なことはすべて理解できると語ってきた。以上のような見方には、いずれも個人の性格という変数が果たす余地はない。もっともコンストラクティビストには若干例外的な部分もあり、彼らも、アレクサンダー大王とか、チンギスカンとかナポレオンのような影響力の大きな個人が、まれには構造に大きな影響を及ぼすことを認めるかもしれない。どんなロシアの指導者でも、2022年2月24日にウクライナに侵攻しただろうという想像には、説得力があるだろうか?ミハエル・ゴルバチョフやボリス・エリツィン、あるいはアレクシー・ナヴァルヌイ(もしロシアで自由で公正な選挙が行われていたなら、今頃彼が大統領になっていたかもしれない)のような人物ならそうするだろうか?私にはそうは思えない。今回の戦争は、ウラジーミル・プーチンによる戦争だ。なぜこの戦争が起こり、それがどのように展開しそうかを理解するには、ウラジーミル・プーチンという個人について理解しなければならない2。ウェルチが主張するように、これまで国際政治学においては個人の役割というものが軽視されがちであった。ところが、こういった流れはアメリカを中心としたものであって、日本にも完全に当てはまっているというわけではない。なぜなら、個人の役割に着目することが多い外交史研究が日本では国際政治学の一部に含まれているからである。対照的に、外交史はアメリカやイギリスでは歴史学部において研究されている。このように、日本の国際政治学はアメリカやイギリスと比較して特殊なものであるが、ロシアのウクライナ侵攻を受けてこういった特殊性こそが日本の国際政治学の強みであるともいえるのではないか。つまり、アメリカを中心として国際政治学においては個人の役割が軽視されてきたが、日本で行われている外交史研究は個人の役割に重きを置いてきており、理論研究や統計研究と歴史研究を組み合わせることで、より多角的な観点から国際政治上の出来事を分析することができるということである。ここからは、日本における国際政治学と、理論研究・歴史研究の違いについて説明したい。日本における国際政治学の研究がアメリカやイギリスのものと大きく異なるのは、外交史研究が国際政治学の一部として捉えられていることである。対照的に、アメリカやイギリスでは外交史は歴史学の一部として捉えられている。したがって、筆者のような外交史を専門とする研究者は日本では国際政治学者(political scientist)として扱われるが、英米では歴史家(historian)として扱われることになる。すなわち、アメリカで主流である理論研究や統計研究の手法と並んで、日本では歴史研究も国際政治学の一部としてみなされている。このような性質の異なる方法論が混在していることが日本の国際政治学の特徴である。しかし、このようなアメリカとはイギリスとは異なる日本の国際政治学の特殊性は、ロシアによるウクライナ侵攻のような事件を分析する際には有用であるといえる。まずは、理論研究と歴史研究の方法論の違いに着目したい。理論研究と歴史研究の最大の違いは、理論研究は国際政治における出来事の普遍的な一般化を試みるのに対し、歴史研究は一般化を行わない、もしくは限定的な一般化しか行わないことである。理論研究を行う研究者は「科学」であることを重要視し、例えば戦争がなぜ起こるのかといったような問題に対して、時代や地域を越えた法則を見つけ出すことを試みている。対照的に、歴史家はそのような普遍的な法則を見つけ出そうとはしない。程度の差こそあれ、歴史家はすべての歴史的出来事は一回限りの出来事であると考えているからである3。こういった違いを踏まえて、歴史家は一般化の努力、すなわち時代や地域を越えて適用できるような一般的法則を導き出す努力を怠っていると批判されることがある。しかし、それに対してアメリカを代表する歴史家の1人であり冷戦史の専門家であるジョン・ルイス・ギャディス(John Lewis Gaddis)は、あらゆる時代や地域に適用できる法則を導き出すことは困難であると272日本における国際政治学と理論研究・歴史研究の違い

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