View & Vision No55
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千葉商科大学商経学部 准教授松下 幸生MATSUSHITA Yukio本研究プロジェクトは、「働くこと」「労働」をめぐる表象と変遷に着目して、「労働」概念に関する既存の把握に潜むバイアスを洗い出し、経済学・経営学・社会学・歴史学・地域研究等々の学際的・世界史的な比較の視点で「働くこと」を再把握する基盤を形成しようとするものである。研究メンバーは、荒川敏彦教授(ヴェーバー研究、研究代表者)、師尾晶子教授(西洋古代史、古代ギリシア史) 、朱珉教授(社会保障)、奥寺葵教授(人事労務管理)、そして筆者(下請制論、資源依存論(中小企業対象))でありそれぞれの専門領域に対応するかたちで研究プロジェクトに取り組んでいる。上記の目的のために、以下の研究を予定している。2022年度は、「労働」についてさまざまな領域で蓄積されてきた議論・学説を整理するための情報収集と整理を実施した。第一に、石見銀山と奥出雲を訪れ、国内諸地方において労働がいかなる仕方で表象されているか(表象されてきたのか)を実見し、文献上の議論を相対化する視点を養う。訪問では、諸地方の労働の現場や、博物館での過去の労働の表象され方や、美術作品における労働の描かれ方など多岐にわたる領域で、働くこと、労働という場を再考する機会を得ることができた。第二に、山形県(とりわけ米沢市)における明治時代から大正時代にかけての労働観について理解を深める狙いで布施賢治教授(山形県立米沢女子短期大学)による講演会を開催した。第三に、労働観の理解を深める一環として石川茉莉氏(連合総合生活開発研究所)による講演会を開催した。2023年度は、初年度の研究課題を継続し、さらに知見を広げる。第一に、研究史の整理と視野の拡張のための研究会、第二に、イスラム世界の労働という視点からの認識の転換に向けて、トルコでの海外調査(共同研究によって共通認識を獲得する)を実施予定である。国内調査と同様に、文献上の議論を確認・相対化する視点を得るためには、現場・現物(一次史料)を実見することが不可欠である。とくに日本国内以上に、海外の現場を確認することの意義は大きいと考えられる。自然災害等の動向次第だが、手配時点で妥当な調査ができることを期待しての計画である。状況次第では国内調査や文献調査への変更もありうるが、今後の(学生を含めた)全学的な国際的研究や交流の推進のためにも、まず教員が国外に出て活動する機会を増やすことは重要であろう。加えて『国府台経済研究』に寄稿するための準備を始める。具体的には、草稿を研究会の場で報告し合い、専門領域の異なる視点から検討を加えていく。働く、稼ぐ、仕事をする、労働するなど、さまざまな表現で語られる生の営みの表象と変遷への問いは、資本主義社会における生き方の枠組みを問い直す試みでもある。かつてマックス・ヴェーバーは、プロテスタンティズムにおける「職業=召命」観念の形成大に着目し、近代資本主義を駆動する精神の成立局面を宗教社会学的に解明した。しかしエートス形成を論じたその議論が、資本主義システムの成立という観点から解釈されることも多い。資本主義を成功させるためには、プロテスタンティズムの倫理によるような規律化が必要だ、とする議論である。かかる解釈で見逃されてきた問題は多いが、その一つは、さまざまな生の営みがことごとく神からの召命(職業)とみなされていく労働観の一元化がもたらす生の問題である。現代人が宗教的不安に駆られて働くことはないだろうが、職業労働のみが生き残るための唯44はじめに1.プロジェクトの到達点と展望労働観の表象と変遷に関する比較歴史社会学的研究―研究プロジェクトの開始にあたって―(1)労働観の変遷と生の一元化

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