View & Vision No55
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2356 Berufsmenschは天職人とも訳せるが、以下では職業人としておく。「天職」という語の系譜については、荒川敏彦『「働く喜び」の喪失――ヴェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を読み直す』現代書館(2020)第2章を参照。7 MWG I/18, S.486=大塚久雄訳『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』岩波文庫(1991)364頁。8 MWG I/18, S.315=前掲『プロ倫』185頁。9 MWG I/9, S.445=安藤英治訳「アメリカ合衆国における『キルヘ』と『ゼクテ』」(梶山力訳『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の»精神«』未來社)372頁。ここでは、宗教的・政治的等々の理念やイデオロギーで大きく時代が転換しうる歴史的変動と、経済的・政治的・社会的に具体的な社会諸現象が、ともに「人間の行為」の視点から見通されている。しかも理念と利害の素朴な二項関係ではなく、利害関心についてはさらに物質的と観念的の二つに分けて、三項関係で捉えようとしていることにも注意しておきたい。ヴェーバーは、既存の概念に潜む価値関係をいったん引きはがし、新たな観点から概念を再構成するにあたって、社会的形象と行為との関係を把握しようとした。行為の視点を組み込むことで、かえってその行為を支配する社会的諸条件を新たな視角の下で分析できるようになったのである。その代表的な成果が『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(以下『プロ倫』と略記)であった。『プロ倫』では、近代資本主義の精神を形成する宗教史的要因が問題にされた。宗教的召命と世俗的職業の二重の意味を帯びた「職業人6」の形成過程で、一心に「祈りと労働」に励む修道士の禁欲的生活態度が、平信徒の世俗内禁欲へと展開したという議論は周知の通りである。しかしそこで修道士が着目されていながら、職業人の形成にあたってヴェーバーがくり返し時間の問題、とくにその発端としての中世の修道士による時間分割(Zeiteinteilung)に言及していることは、これまで注目されてこなかった。『プロ倫』における時間への言及と言えば、もっぱら「時間は貨幣である」というフランクリンの句がクローズアップされてきた。しかしフランクリンは、資本主義の精神が形成された後の、資本主義の精神を体現した理念型として取りあげられており、主題はそのエートス形成における宗教的メカニズムの解明にあった。そこで修道士のための時間分割が言及されているのである。考えてみれば、私たちは時間が「刻まれる」ことを当然だと思っている。その刻まれる時間に、私たち現代人は追われて生きている。時間意識についての歴史的考察は、そのような現代人の生き方の問題を再考させるものとなるだろう。もちろん『プロ倫』では理念型が強く意識されており、その末尾でも『プロ倫』の考察が限られた一面的視点からのものであると明記されている。そうであるなら『プロ倫』の読者は、そこで論述された理念型を解釈し直していくことが許されるだろう。ヴェーバーが萌芽的に言及した時間分割の問題は、後世の掘り起こしを待っているといえる。はじめに、ヴェーバーが職業人を礼賛しているわけではないことを、次の一句で確認しておきたい。「ピューリタンはBerufsmensch(天職人)たらんと欲した。われわれはBerufsmensch(職業人)たらざるを得ない7」。ピューリタンは救済の不安に駆られてそうであろうと欲し、現代人は生活の不安に駆られてそうあらざるを得ない。時間の問題は、人間を駆り立てる装置として生活に入り込んでくる。かつて中世の営利には宗教的罪悪が伴っていたが、禁欲的プロテスタンティズムはその罪悪を感受しないで済むエートスを養った。救いの確かさは職業上の成功によって得られるという「確証」の思想は、禁欲的プロテスタンティズムに共通していた8。ヴェーバーは次のように述べている。  生活のなかでの確証44 Bewährung のみが、しかもとりわけ職業労働における確証のみが、再生と義認を保証してくれるという根本テーゼは、いよいよ人生行路にしみこんで行った。すなわち、「確証された」キリスト者は、確証された「職業人」なのである(der »bewährte« Christ ist der bewährte »Berufsmensch«)。それもとりわけ、資本主義の観点からみて、有能なビジネ444ス人44なのである。こうした特徴をもつキリスト教が、「資本主義的」人間の主たる教育者の一人だった9。(強調点は原著者。以下同じ)確証が強調される宗教的側面と(「確証された」キリスト者)、職業人が強調される世俗的側面(確証された「職業人」)との一体化が洞察されている。確証されたキリスト者は、掛け値売りなどせず、まっとうな取引をする「信用」できる職業人とみなされる。救いの確かさを得るためには、自らが救いの地位に時間分割確証による職業人形成

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