絵画には古くからトロンプルイユ(だまし絵)というジャンルがあります。
よく知られている事例では、イタリア、ルネサンス期の教会美術があげられます。当時の教会は建築、彫刻、絵画という当時の最先端のメディアを駆使し、内部に圧倒的な神の世界を出現させました。建築の内装をよく見ると、細かい柱の造形は実際に構造物として柱があるのではなく、絵画として描かれているものが多いのです。ディティールを擬似的に複雑にすることで圧倒的な世界観を信者の心に植えつけるテクニックであり、実際に作られているわけではないので経済的でもあります。
しかし、これが偽物であることが分かってしまえば逆に不信感をもたれるかもしれません。
それを見破られない光の効果が建築と他の装飾によって与えられていること、また見破られたとしても、その巧妙さと技術に賞賛が行くしっかりとした職人技によって支えられていることなど、まさに人間の知恵と技術が高度に洗練された表現になっているので、不信感は驚嘆に変わるのです。
このトロンプルイユが発展してトリックアートと呼ばれるエンターテインメントとなり、観光地などにトリックアート・ミュージアムが作られるようになります。
行った方もいらっしゃると思いますが、一瞬現実に存在しそうに見えて、実は絵だった。常にこちらを見られているような絵といった錯覚を利用したアートが展示されています。
これらの手法をもとに、現代のコンピュータと映像のテクノロジーにより可能になったのが、最近東京駅などでイベントとして名をはせた「プロジェクション・マッピング」です。
テクノロジーの発展により、高照度のデジタル・プロジェクター1(DLP)の出現で、現実にある建物などの反射率の低い素材にも動画を投影(プロジェクション)することが可能になるなど、様々な技術により可能になったイベントです。
最初はやはりヨーロッパで観光地の歴史的建築物にライティングを施し、夜の景観をデザインすることが流行ったことで、ファッション・ブランド系の企業などが自社のショップに映像を投影することから始まりました。
建物は当然三次元の構造物で、表面も映像を投影するような都合の良い平面ではありません。
細かい凹凸があり、単純に投影しても珍しいだけのイベントで終わってしまいます。
そこで、その三次元の構造を平面に見せたり、構造自体がアニメーションで揺らいでしまうような効果を与える映像を投影する手法が採用されました。まさにトリックアートの映像版と言えます。
三次元構造にそって投影する像を歪めてやることで効果を与える(マッピング)手法をコンピュータ・グラフィックスと、プロジェクターのコントロールソフトによって可能にしたのが「プロジェクション・マッピング」の新奇性です。
普通なら硬い構造物がゆらゆらと揺らぐことなど考えられませんが、視覚的な錯覚を利用したアニメーションにより見る側に生理的な違和感を与えることで脳内に、柔らかい建物を創り上げてしまう手法は画期的だと思います。
デジタルの良いところの一つに、技術が確立すると安くなるという側面があります。最初は大規模な企業の広告にしか使えなかったアイデアも、技術が洗練され、比較的安い機材でも同様の効果を創り出すことが可能になり、コンサートや演劇などのステージ上に配置された舞台美術としてプロジェクション・マッピングの手法が使われるようになり、一般にも知られるようになったのです。
制作方法は、実際にある建物、造形物などにプロジェクターでグリッド(方眼)を投影し、それを正面から撮影します。同時に設計図をもとにコンピュータで投影する構造物と同じ三次元データを制作します。
プロジェクターを設置する位置から撮影した写真と三次元データの視点、画角をグリッドを利用し一致させます。
立体物に投影されたグリッドは、その立体に沿って歪みがでます。その歪み分を逆に補正すれば立体の構造物に影響されずに正像が得られることになる訳です。
三次元データをテンプレートとして自由にペイントすれば、実際の構造物も色が変化しているように見えます。
立体構造をペイントで縁取り、その縁取りを正常位置からわざと歪めるアニメーションを作り投影すると、あたかも構造自体が生き物のように歪んだような錯覚も得られるのです。
古典的な例としては「アナモルフォーシス」という手法が分かりやすいでしょう。
床になにやら歪んだ絵が描かれています。それを円筒の鏡に映してみると正常な絵が映し出されるという手法です。もともと歪んだ面で正常に見せるためには平面上で同じ曲率で逆に歪ませ、鏡像として見せれば結果正常な絵として見えるという理屈です。
まさにプロジェクション・マッピングですね。
政策情報学部の文化・表現メディア・コースの学生もこの手法に興味を持ちはじめており、制作を考えている学生たちもいます。なんらかのイベントとして企画を立ち上げたら面白いと思うし、学べることも多いでしょう。
千葉商科大学のコンピュータにはプロジェクション・マッピングのコンテンツを制作できる十分なソフトが入っており授業でも学んでいます。学んだことの応用としてプロジェクション・マッピングの理屈を知れば十分可能です。ぜひイベントを企画し実現してほしいし、学生が自由な発想で企画し実現できるのが政策情報学部のよいところです。
コンピュータの先端テクノロジーといっても、発想の原点は古くからある技術、芸術文化の手法をデジタルに置き換えていることが多いのです。プロジェクション・マッピングというイベントも、古くからあるトロンプルイユ、トリックアートという手法に現代のテクノロジーがあたらしい価値を与えているということなのだと思います。
こういった古くからある伝統的な文化芸術に現代の視点で新しい価値を与える可能性と提案を行い、多くの人に多様な驚きと感動を与えること。それも政策情報学のめざすべき目的だと思います。
イラスト提供 政策情報学部2年 菊池梨沙さん