教員コラム

政治・経済・IT・国際・環境などさまざまなジャンルの中から、社会の話題や関心の高いトピックについて教員たちがわかりやすく解説します。

環境

まず、私は鯨を食べる文化には積極的ですが、調査捕鯨には消極的です。また、私は(日本に限らず)各国各地の文化や風俗が好きですが、各国の政府や政治には距離をおいています。ですからこの場で私が国の代弁をすることもないので、日本政府の調査捕鯨およびこれに関連した国際紛争に関しての公式見解は文末に示した外務省サイトや農林水産省サイトなどを参考にしてください。私は私なりの意見を示していきます。

現在、国際司法裁判所(ICJ)で調査捕鯨が提訴されており、日本VSオーストラリアな構図がつくられていますが、これは本来、国家を超えて調査捕鯨を“まだまだやる”派VS“ぼちぼち止める”派で議論を進めるべきだと考えます(しかし、ICJの仕組みが、国が国を訴える形式なので、今のところは実現しません)。
これはどうしてか?日本人の全員が調査捕鯨を「まだまだ続けるべき」だと考えているわけではありませんよね。無関心に思っている人も多くいるはずです。なのに、なんとなく調査捕鯨続行が国民の総意であるかのような刷り込みが行われています。さらに、日本人“全員”が調査捕鯨をまだまだやりたがっていると国際的に印象付けてしまうことになります(おそらくマイナス要因です)。逆も同じです。オーストラリア国民全体が、調査捕鯨に反対してる?それこそ無関心な人が多数いるはずです。なのに、日本VSオーストラリアの図式にもっていかれてしまうと、なんとなく敵対心を持ってしまう(サッカーの対豪州戦で過剰に盛り上がったり)。イケナイですね。

調査捕鯨ってなんのためにあるの?

この質問には、いくつかの答えを示すことができます。
まず、調査捕鯨が開始された経緯から考えます。国際捕鯨委員会(IWC)において商業捕鯨のモラトリアム(一時停止)が決定されて以後、捕鯨再開を決議するためにはクジラが増えた証拠を示さなければなりません。そのために、“漁場調査”を行って、商業捕鯨を止めたことで、どんな鯨がどれくらい増えていくのか(あるいは減っていくのか)明らかにする必要があります。これが、調査捕鯨です。調べなければ、モラトリアムの効果も分かりませんので、調査捕鯨はIWCで認められている科学的な検証作業です。

二つ目に、何のために存在するのか、無くなるとどうなるか?を考えることでも答えが出ます。調査捕鯨が廃止される場合を想定してみます。廃止が大きく影響する団体組織としては、調査捕鯨を運営実施する日本鯨類研究所・共同船舶が、まず挙げられます。これらの組織は、調査捕鯨が収入の大部分になっていますから、その廃止は、組織そのものの浮沈にかかわります。それから、意外かもしれませんが反捕鯨団体も、調査捕鯨中止で“困る”組織として挙げられます。反捕鯨団体は、調査捕鯨に対する“反対(中止)活動”をアピールすることで活動資金を得ていますから、活動対象がなくなってしまえば資金源も細ります。端的には調査捕鯨は、これらの組織ために存在するとも言えます。調査捕鯨の推進側と反対側がともに“困る”のは、奇妙かつ興味ある図式だと思います。詳しくは、本学へ入って、経済学、そして政治学を学んでみてください。

『鯨者六鯨ト申候』より「熊野浦古式捕鯨之図(くじらの博物館所蔵)」

『鯨者六鯨ト申候』より「熊野浦古式捕鯨之図(くじらの博物館所蔵)」

三つ目に、調査捕鯨に対する私の個人的な観点を説明します。私は、捕鯨に関わる共同作業(もちろん一人ではできない)を、伝統漁法として、保護をしてでも技術継承すべきものと考えています。捕鯨は、大きく3つの作業に分けられます。探鯨・追尾捕獲・解剖です。どれも、共同作業で進み、一つ一つの仕事には熟練が求められます。ノルウエー式捕鯨と言われる現在の捕鯨の一連の技術は、約150年前に形作られ、その後、捕鯨砲や船体の改良はあったものの、完成された捕鯨方法として、アメリカやロシア(旧ソ連)を含め、広く使われてきました。しかし現在、このノルウエー式捕鯨が一定の規模で行われているのは、日本とノルウエー、アイスランドのみです。残念ながら、食肉産業としての捕鯨は、今後も衰退していくと思われます。しかし、伝統漁法保護の観点で、絶滅の恐れのない鯨種を対象に、年間数十頭を捕獲し続けることは、文化的多様性を守るという意味でも必要なことではないかと考えます。まあ、なんといっても、尾の身も、ハリハリ鍋も食べられなくなってしまうのは、文化的損失ですから。

日本以外にも捕鯨をしている国はあるの?

たくさんあります。
北欧諸国(ノルウエー、アイスランド、デンマーク)、カリブ海諸国(セントビンセント・グレナディーン)、そして東南アジア諸国(インドネシア、フィリピン)などです。意外なところでは、アメリカやロシアも捕鯨を続けています(ホッキョククジラの捕獲が、先住民生存捕鯨として、IWCによって認められています)。一般的な印象よりも多いと思います。いかがでしょうか?

どうして裁判を起こされているの?

日本が行ってきた調査捕鯨に対しては、南極海で毎年行われてきた調査捕鯨の捕獲数が多すぎる(過去30年弱で、合計約7千頭)というのが、反捕鯨諸国の主張でした。反捕鯨国の中でもとくに反捕鯨色の強いオーストラリアが、結果的にICJに提訴するまでに頑なになってしまったのは、2005年以降の調査捕鯨計画で、ザトウクジラやナガスクジラを捕獲対象種としたことに起因します。さらに、2007年の連邦選挙戦で、労働党が日本の調査捕鯨に対する強硬措置を掲げて勝利しました。その後、日豪の外交交渉もあったのですが、結果的に決裂。2010年にICJに提訴されるに至りました。
オーストラリアの反感をもっとも買ってしまったのは、ザトウクジラの捕獲計画です。オーストラリアでは、ザトウクジラを対象としたホエールウォッチングが盛んで、名前を付けて楽しんでいる地域もあります。ですから、そのクジラが、南極海へ戻った時に日本の捕鯨船に捕殺されてしまう可能性があるのでは、反感も高まるのは理解できます。日本もそこら辺を理解し、実際のところザトウクジラの捕獲はしていません。ならば、計画からザトウクジラを外すのが“共感”というものだと思いますが、しかし、計画には載ったままです。

クジラは絶滅に瀕しているのではないの?

“クジラ”という意味では、Noです。クジラと名前の付く動物は、約40種。そのなかには、近年、資源量(生息頭数)が増えている種類もあります。一方で、シロナガスクジラや、セミクジラなど、捕鯨が行われなくなっても、増加が認められない種類があるのも事実です。
もし、捕鯨が復活するとしても、シロナガスクジラやセミクジラなどを捕獲対象とすることはないでしょう。調査捕鯨で、資源量を調査し、捕鯨対象として復活させたいと計画しているのは、ミンククジラ(より長期的には、マッコウクジラ、ザトウクジラも対象にしたいのでしょうが)です。ミンククジラは、繁殖率が高く、捕鯨モラトリアム以後、資源量の増加が認められており(見解により程度の違いはあるものの)、絶滅には“瀕”しておりません。
いっぽうで、現在の生物保護の流れは、種の保護から“地域個体群(系群)”の保護に変りつつあります。これは、たとえば、コククジラについて、捕鯨により個体数が激減したもののその後、北東太平洋(アメリカ西海岸沖)の系群では、個体数が回復してきました。しかしながら、系群の異なる北西太平洋では一向に回復が見られません。“種の保護”としては、北東太平洋で回復すれば良しとすることができますが、系群レベルの保護をめざすと北西太平洋のコククジラに対しては、より一層の保護対策が求められていきます。

参考

参考図書

  • シー・シェパードの正体,佐々木正明,扶桑社,2010
  • 共感の時代へ—動物行動学が教えてくれること,Frans De Waal,柴田 裕之 (翻訳), 紀伊國屋書店,2010
  • イルカを食べちゃダメですか?,関口雄祐,光文社,2010

解説者紹介

関口 雄祐