教員コラム

政治・経済・IT・国際・環境などさまざまなジャンルの中から、社会の話題や関心の高いトピックについて教員たちがわかりやすく解説します。

国際

2015年もはじまりましたね。去年のニュースを振り返りつつ、新しい年に相応しい、新しい研究の傾向について語ることにしましょう。

昨年を振り返ると、恒例の漢字一文字で表すと「税」の一字(まあ消費税8%のことでしょうが)でしたが、他にも御岳山の噴火、広島の土砂崩れ、長野では地震と自然災害が続いたなども一字(にならないかな?)にしたいくらいです。またタイトルに挙げたようにデング熱やエボラ出血熱の「熱」も一字にしたいくらいの出来事でした。

世界に目を転じれば、ウクライナ情勢とか、日中・日韓関係の悪化、アメリカの中間選挙などこちらも世界の不安定さを示す話が続きました。なかでもよく分からない勢力として「イスラム国」という話がニュースに登場しました。昨年のノーベル平和賞を受賞したマララ・ユスフザイさんは、急進的なイスラム主義者(タリバン)に銃撃され、一命を取りとめ、またこうした過激勢力の更なる襲撃の可能性がありながら、女性の教育の重要性を訴えました。こうしたタリバンをはじめとして、イスラム主義は台頭していて、シリアやイラクでは「イスラム国」と呼ばれる勢力が、今ある政府に取って代わるほどの勢力を持っています。しかもこれは今あるイスラム諸国とも我々日本人とも、また欧米の国々とも価値観が異なり、国際的な大問題になっています。

しかし、なぜこうした過激派勢力は力を失わないのでしょうか?

この問題を考える上で大事になるのは、集団や組織の基本的な考え方です。集団や組織を維持するためには、一般に「ヒト・モノ・カネ」と呼ばれるものが大事になります。ヒトは組織や集団をささえる人々、モノはそれをささえる道具、カネは言うまでもなく費用を支払うためのお金です。このうち、道具にあたる兵器や食糧、お金は物理的に止めるにあたって障害になるのもヒトなのです。というのは、こうした組織や集団には賛同者がいて直接だけでなく、間接的に資金や物資を秘かに横流ししたり、密輸したりと各種の制裁の邪魔をする人間もいます。つまりヒトの繋がりをきちんと絶たないとカネやモノは維持されてしまうわけです。

そこで、ヒトとヒトの繋がりを正確に把握するためにはどうしたら良いのだろうということで、研究に用いられたのが、ネットワークの考え方です。ネットワークは日本語に直せば、機能する網となります。つまり、関係が網の目のようになっていて、それが1つ1つの関係以上に大きな影響を与えるということを示す概念でもあります。これをコンピュータに応用すれば、インターネットがまさにそれで、皆さんが日々使っているLineやTwitterなどのサービスはSNS(Social Networking Service)という社会ネットワークを使ったサービスという名前がついているわけです。多分、1対1で直接会って話をしても、情報はゆっくりしか伝わりません。それに比べればSNSを使った人なら、多くの人に情報を伝えるのにどんなに便利かが理解できるはずです。この情報の代わりに資源などの良いものを運ぶこともあるし、噂や病気など悪いものも運ぶのもネットワークな訳で、その使い方一つで、問題になるのがネットワークとも言えます。

最初のエボラ出血熱の場合は、ウィルスに感染した人の血液などの体液に触れない限り、病気が伝染しないと分かっています。裏返って言えば、病気の人と密接にコミュニケーションを取って生活していれば、感染する可能性が高くなるわけです。いまではいくつかの薬が役立つのではないかと考えられていますが、まだ確実に効果がある治療法がありません。そのため、こうした病気は恐れられます。また予防のためには、できる限り病気の人と接触しない、また接触しなければならない人をコントロールするなどが対策になります。この接触しなければならない人は、多くの場合、医者や看護師など医療を行う人なので、こうした人の行動や接触した人のネットワークを管理することで、二次的な感染を防ごうとします。また、デング熱は多くの場合、熱が出て終わりですが、中には重症化して死ぬ人もいます。これにも有効な予防法がありません。ただし伝染のメカニズムは分かっていて、人の血を吸う蚊がウィルスを運ぶと言うことが分かっています。ですから、人が蚊に近づかないようにするか、感染した人をなるべく人や蚊から遠ざけるかの選択肢になります。でも蚊が人間に近づかないようにするのは、どれだけ難しいかは皆さんも夏の夜に体験していると思います(中には寝不足になる人もいますよね)。ですから、人間の方をなるべく別の人間に近づけないようにするわけです。

この全てに共通するのが、ネットワークが問題を大きくするということです。ですが、このネットワークを正確に把握することが出来れば有効に対策が取れるとも言えます。今でも問題になっているAIDSも、2001年に起きたアメリカの9・11のテロの時も、このネットワークを調べ、どのように対策を打てば問題が拡大しないかという研究がなされました。結果は完全とは言えませんが、AIDSは必ずしも死に至るほどではなくなりましたし、テロの方も中核となったアルカイダは力を失いました。こうした社会問題の中でネットワーク、とりわけ社会ネットワークの研究が進み、少ないデータからより正確なネットワークの影響を測ろうとする技術が進んでいます。

でもそんな大きい問題なら自分には関係ないと思う人もいるでしょう。この研究の面白いところは、小さなネットワークにも使えると言うことです。例えば、学校の中でのいじめのメカニズムを探ったり、地域の防犯のあり方を検討したり、一人暮らしのお年寄りの生活の支援だとか、様々なところに応用され、分析に使われ、きめの細かい対応に役立っているのです。

また近年よく聞くようになった「ビックデータ」の分析の一翼を担っているのは、このネットワークを使った分析です。このように今後もいろいろなところでネットワークを使った分析は人々の生活に役立つことになるでしょう。

しかし残念なことに、日本ではこうした技法を身につけている人はあまり多くはありません。それはこの方法がよく知られていなかったことに原因があります。逆に言えば、こうした方法を身につけることが出来れば、仕事にも社会貢献にも役立つと言えます。ほんの少しコンピュータと数学を勉強するだけで、この方法の大部分は理解できます。この2つが苦手な人でも数字を使ったパズルとかミステリーものが好きな人も適性があります。だから食わず嫌いをしないで、新しい年に新しいチャレンジをするというのも違った自分を見つける良い機会になるかもしれませんね。

解説者紹介

平原 隆史