教員コラム

政治・経済・IT・国際・環境などさまざまなジャンルの中から、社会の話題や関心の高いトピックについて教員たちがわかりやすく解説します。

政治・経済・ビジネス国際

キルギス共和国の羊毛フェルトの生産者(筆者撮影)

途上国の貧困を削減するために、国連をはじめとして、各国の政府機関、NPO・NGOは、様々な支援活動を行っています。途上国の人々の安定した収入確保や基本的な商品やサービス、経済的な機会へのアクセスの改善のためには、単に援助金を渡すといったお金だけの支援には限界があります。現在は、途上国の人々が自分たちで収入を得られる技術・技能を習得するための教育的な支援が数多く行われています。また支援者についても、上記の一部の公的・非営利の組織のみでの支援に限界があるため、注目されているのが、数も多く規模も期待できる民間企業の力です。
この民間企業が主体となる取り組みのひとつとして、「インクルーシブ・ビジネス(Inclusive Business)」があります注1。このビジネスでは、民間企業が自社の利益追求と共に社会にとって良いこと(Social Good)を実現させてビジネスを行います。もう少し具体的には民間企業が各政府組織やNPO・NGOなどと連携しながら、BOP(Base of the Economic Pyramid:低所得者)層の人々を巻き込んで、共にビジネスを行うことによって、自社のビジネスのイノベーションを起こし、途上国の人々へ基本的な商品やサービスへのアクセスの拡大に寄与するビジネスとなります。


  1. 注1 インクルーシブ・ビジネスとは、「BOP層を消費者、生産者、流通業者、あるいは小売業者として位置づけ、バリューチェーンに組み込んだ、ビジネスとして成立し、かつ規模を拡大できる事業モデルをさします。慈善事業や社会的責任活動(CSR)と一線を画した、企業の本業としてビジネスを行うモデルです。インクルーシブ・ビジネスは、45億人に及ぶBOP層をターゲットに出来る可能性を秘めています。その規模は5兆ドル(約500兆円)に及ぶと推定されています」とIFC(国際金融公社)は、言葉の定義とインパクトについて説明しています。

身近な企業も取り組むインクルーシブ・ビジネス

身近な企業も、インクルーシブ・ビジネスを行なっています。そのひとつの事例として、株式会社良品計画の「無印良品」を紹介しましょう。
良品計画(無印良品)は、2011年より「MUJI X JICA」プロジェクトとしてキルギス共和国(2017年現在も継続)やケニア(2015年で終了)で、商品開発を行なっています。この商品開発では、途上国の人々を生産者としてビジネスのバリューチェーンの中に組み込み、商品を企画・生産管理・流通・販売を良品計画(無印良品)が管理をしています。もともと製造小売業である良品計画(無印良品)では、本業として商品の企画・生産管理・流通・販売を行っていることから、様々な国や商品カテゴリーでの商品開発のノウハウがあります。このノウハウを途上国における生産にもあてはめて、途上国生産者の技術の向上への支援をしているのです。

無印良品の商品「フェルト動物・ロバ」(筆者撮影)

具体的には、途上国生産者は、世界で販売するための求められる「品質」基準やニーズに合ったデザイン面での商品開発について、あまり知識が得られておらず対応出来ていません。どのようにしたら世界中で販売できるように生産できるのか、そこを重点的に途上国現地の生産者へ指導をしていきながら、共にモノづくりをしています。例えば、サイズ感ひとつをとっても、途上国で「S」サイズといった場合に、大体これ位ととてもアバウトな場合が多いのですが、世界で販売するためには、例えばSサイズは3cmであり、寸法許容差は±3mmや10%と決めて、その規定サイズ内に収まるように作るための作業工程を考えていきます。他にも、危険物管理の考え方などをきちんと伝えることによって、安心して使用でき信頼できる品質の商品が作られることにつながります。このようにひとつひとつ細かなことですが、積み上げていくことによって途上国生産者の商品開発に対する技能・知識も向上し、出来る商品も完成度が高く多くの市場で受け入れられるようなものが作れるようになります。このように多くの場所で売れる商品を作れることによって、継続的、安定的な収入の確保につながるのです。

インクルーシブ・ビジネスの仕組み

この良品計画(無印良品)のインクルーシブ・ビジネスも、民間企業だけで成し遂げられるものではありません。途上国におけるビジネスは、インフラ等も未発達であり、途上国生産者の知識も不足している場合が多く、通常行われているビジネス環境とは異なります。良品計画(無印良品)の開発者にも途上国におけるビジネス環境については、知識・技術が不足しています。これらの不足を補ったのが、JICA(国際協力機構)とのパートナーシップでした。JICAは国際協力として途上国支援を数多く行い、知識や技術もあります。そういった専門的な知識を持つ組織と組むことによって、このプロジェクトの商品化は進められているのです。

インクルーシブ・ビジネスの成果として

それでは、この途上国を支援するインクルーシブ・ビジネスを民間企業が行うことでどのようなメリットがあったのでしょうか。
ひとつには自社の強み・本業を活かしながら、途上国支援ができることです。社会に貢献することは企業にとっても責務ですから、単に寄付を行うというよりも本業を通して貢献に主体的に関わることができます。その経験は、企業や社員にとっても、良品計画(無印良品)の場合は、自社の商品開発のノウハウを更に深めること、多様性に対応するという経験の蓄積に繋がります。このことは、今後グローバル化が進む中で、競争優位につながる経験となるでしょう。
もうひとつの副次的なメリットとして、企業が途上国支援を行うことによる、名声の獲得ということもあげられます。例えばこの良品計画(無印良品)の場合は、UNDP(国連開発計画)が主導するBCtA(ビジネス行動要請)にアジアの小売業として初めて認定されたり注2、IFC(国際金融公社)によって「インクルーシブ・ビジネス・リーダー賞」注3を得られるなど、国際的な機関に認められ活動がグローバルに紹介をされるという機会を得られています。このことは、企業自らが行う宣伝活動とは異なり、Social Goodをしていることへの社会からの認知に繋がります。
また企業に所属する社員にとっても、このような活動に対して、自分が所属する組織への帰属意識、愛着意識を醸成する効果があります。実際に、良品計画(無印良品)では、海外でも数多く店舗を展開していますが、海外の社員から「途上国への支援活動による商品開発に対して、同じ社員として誇りに思った」という声があったそうです。 消費者も、最近はモノを購入する時には、コトも一緒に購入しているといわれます。東日本大震災から「応援消費」(被災地支援につながる消費)などもありましたが、同じ購入するという行為の中に、自らが社会にとって良い購入をしたいという行動も増えてきています。そういった意味でも、消費者側、企業側、途上国側と各ステークホルダーからのニーズがあるのが、インクルーシブ・ビジネスといえます。
今後もこのインクルーシブ・ビジネスが増加することが期待されています。


  1. 注2 「キルギス、ケニア、カンボジアの生活雑貨の開発と生産者育成による貧困削減プロジェクト」国連開発計画(UNDP)が主導する「ビジネス行動要請(BCtA)」の取り組みとして承認 (http://ryohin-keikaku.jp/news/2013_0603_02.html)
  2. 注3 「インクルーシブ・ビジネス・リーダー賞」を受賞 (http://ryohin-keikaku.jp/news/2013_1111_02.html)

【参考資料】

解説者紹介

准教授 増田 明子