教員コラム

政治・経済・IT・国際・環境などさまざまなジャンルの中から、社会の話題や関心の高いトピックについて教員たちがわかりやすく解説します。

地域・暮らし

相模原19人刺殺事件とは

2016年7月26日、神奈川県相模原市の知的障がい福祉施設「津久井やまゆり園」で、19人の命が奪われ、入所者と職員の計27人が重軽傷を負うという、痛ましい事件が起きました。逮捕されたのは、同福祉施設の元職員の植松聖容疑者でした。植松容疑者は、「不幸をつくる障がい者はいなくなればいい」「障がい者や周囲の人を救った」と、一貫して自らを正当化する供述を続けている、と報道されています(1)

容疑者の考え方と生産性重視の価値基準

植松容疑者は、なぜ障がい者はいなくなればいい、と考えたのでしょうか。このことは、社会の価値観と無関係ではないように思われます。現在、日本では経済的不況の影響もあり、いかに効率よく短期的に利益を上げるかが強く求められ、「生産性」や「効率性」が重視される社会になってきていると感じます。このような「生産性」や「効率性」の原理を、植松容疑者は人の命にも単純にあてはめ、そのように考えたのではないでしょうか。そして、こうしたものの見方は植松容疑者だけに見られるわけではないようです。ネット上では、植松容疑者の行動を擁護したり、ヒーロー視したりする意見も見受けられます。

確かに「生産性」や「効率性」の原理は一つの重要な価値基準でしょう。しかしこの価値基準を単純に人の命に当てはめた結果として、ナチスにより多くの障がい者が虐殺されたことは、多くの人が知っているでしょう。実際、植松容疑者も「ヒットラーの思想が降りてきた」と病院の担当者に話したそうです(2)

「存在」に対する価値の重要性

2016年のノーベル医学・生理学賞を受賞した東京工業大学の大隅良典教授はその会見で、「役に立つ」という言葉はとても社会をダメにしていると思っている、と述べました(3)。これも短期的な生産性を重要視する価値観に対する異議、と捉えることができるでしょう。

また進化生物学者である北海道大学の長谷川英祐准教授は、アリの社会を観察した結果、7割のアリはボーっとしていて大した労働をせず、1割のアリは一生働かないが、これらの働かないアリがいるからこそ、アリの社会が存続できることをつきとめました(4)。つまり短期的な生産性からみるとマイナスな存在も、存在意義があることを検証したのです。

このような研究を挙げるまでもなく、多くの人は役に立つかどうかとは関係なく愛おしく感じる何かを持っていたり、お金も手間もかかるのに手放したくない何かを持っていたりするでしょう。それは、「生産性」ではなく「存在」に対する価値の感覚です。この事件の被害者の一人、野口貴子さんには障がいがありますが、貴子さんの母親は「私たちにとっては、大事な大事な、かわいい娘。容疑者にも親や大切な人がいるはず。」と述べています(5)。また被害者の一人、自閉症の尾野一矢さんの父親は、「一矢は障がいという特性を持った普通の子ども。一緒にいて不幸と思ったことは一度もない。私たちの宝です」と語っています(6)。植松容疑者やその擁護者達はこの「存在」に対する価値に思いが至らないのでしょうか。

想像力の重要性

それともう一つ、植松容疑者は自分自身、または自分の大切な人が、いつその「障がい者」側の存在になるか分からない、ということを考えなかったのでしょうか。いつどのような病気で、あるいは事故にあって、障がいを負うか、誰にもわかりません。そのような障がい者施設に自分だって入る可能性はあるわけです。植松容疑者やその擁護者達は、そのような想像力を働かせたうえでも、今回の事件を正当化できるのでしょうか?

容疑者に見られる心理

あるいは、もしかしたら「生産性」の価値基準を自分にも当てはめて自分の存在に意味を見いだせなかったために、障がい者を抹殺するという形で「役に立つ自分」になりたかったのかもしれません。実際、(自称)無職であった植松容疑者は、「障がい者を抹殺する」計画を「日本の国と世界の為」「私が人類のためにできること」と衆院議長に宛てた手紙に書きました(7)。自分の認められない欠点を他者に見出すことを、心理学では「投影」といいます。例えば自分には意地悪な面があるけれど、それを認めたくないと感じている場合、他人に対して意地悪な面に目がいきやすく、その面を攻撃したくなることが多いのです。植松容疑者も自分自身に対する「役に立たない」という思いを障がい者に投影し、それを殺めることで、自分の欠点を“ないもの”にしようと思ったのかもしれません。

最後に

このような事件を知った時に、単に他人事、として流すのではなく、自分のこととして受け止める想像力が、結局はこのような犯罪の抑止力になるのではないか、と考えられます。また、「生産性」や「効率性」といった価値観だけで物事を判断していないか、私も含めてもう一度胸に手を当てて振り返ることが重要なのではないか、この事件を通してそのように感じました。

【参考文献】

  1. 読売新聞 植松容疑者「殺害人数 覚えてない」 3度目逮捕 犠牲19人立件 2016年9月6日付 東京朝刊
  2. 朝日新聞 障害者殺傷事件、「2月に思いつく」 容疑者供述 2016年8月2日付 夕刊
  3. The Huffington Post 社会がゆとりを持って基礎科学を見守って」ノーベル賞の大隅良典さんは受賞会見で繰り返し訴えた 2016年10月3日
  4. 長谷川 英祐 2010 働かないアリに意義がある メディアファクトリー新書
  5. 読売新聞 家族の涙絶えず 相模原殺傷1か月 大切な人へ思いをはせ 2016年8月26日付 東京朝刊
  6. 東京新聞 相模原殺傷あす1カ月 「一矢は私たちの宝」 2016年8月25日付 朝刊
  7. 読売新聞 検証・相模原19人刺殺事件 2016年7月28日付 東京朝刊

解説者紹介

中村 晃