教員コラム

政治・経済・IT・国際・環境などさまざまなジャンルの中から、社会の話題や関心の高いトピックについて教員たちがわかりやすく解説します。

政治・経済・ビジネス国際

製品開発における企業と顧客の関わり方の変化

皆さんは普段の生活の中で「こんな感じの新製品、どこかに無いかなあ」「新しいアイデアを思いついたけど、製品化されないかなあ」と感じたことはありませんか。そう思いつつ、世の中に既に存在している製品を我慢して使い続けているのが普通ではないでしょうか。

理想の製品が市場に存在しないのは、決して企業の努力が足りないからではありません。これまで企業は、顧客のニーズ(欲望)に合った製品を開発するため、様々な努力をしてきました。例えば、アンケート調査や顧客へのインタビューを実施し、そこで得られた知見を新製品開発に活かすというものです。想像のとおり、顧客ニーズを正確に捉えることは容易ではありません。興味や関心が多様化している現代においてはなおさらです。

多くの企業は、従来の製品開発手法では改良品の優れたアイデアは生まれても、顧客が真に欲している斬新なアイデアを生み出すのは難しいと気づき始めているのです。そこで近年、企業の中には顧客と緊密なコミュニケーションを図り、新製品開発に積極的に参加させることで、新しいアイデアを生み出す取り組みをおこなうものが出てきました。

顧客を製品開発に参加させる仕組み

玩具メーカーのレゴ社の事例(蛯谷 2010)を見てみましょう。
携帯型ゲーム機に代表されるハイテク玩具が全盛の時代にあって、古典的なブロック玩具で快進撃を続けるレゴ社ですが、2003年に倒産の危機を経験したことがあります。ブランド力を過信し、顧客ニーズに合わない製品開発を続けたため、売り上げを落としてしまったのです。そこで、同社が取ったのが、顧客とのつながりを重視する取り組みでした。

レゴブロックで遊ぶ大人の存在に着目し、特に熱狂的なファンを囲い込み、彼らから新しい製品アイデアを提案してもらうようにしたのです。そこからテーマ性のある製品や、特定の構造物をつくるセットなど、斬新なアイデアが生まれました。生産体制も、製品ラインナップを定期的に刷新する方針へとシフトしました。こうして次々と生み出される新製品は飽きっぽい現代の子供にも広く受け入れられ、見事V字回復を果たしたのです。この事例のように、顧客が製品開発に参加する行為はユーザーデザインと呼ばれ、近年注目が集まっています。また、顧客によって生み出されるイノベーションは、ユーザーイノベーションと呼ばれています。

日本にもユーザーデザインの取り組みで世界的に高い評価を受けている企業があります。無印良品ブランドを展開する株式会社良品計画がその代表例です(増田・恩藏 2011)。皆さんも知らず知らずのうちにユーザーデザインの恩恵を得ているかもしれません。

イノベーションが新製品の成功を左右する

それでは、なぜ企業は多くの時間と労力を費やして顧客の力を借りるのでしょうか。
大きな理由の一つは、企業が気づいていない顧客ニーズを吸い上げるためです。いくらアンケート調査やインタビューをおこなったところで、顧客は本当のことを言ってくれなかったり、言いたいことをうまく表現できなかったりするからです。もう一つの理由は、革新性、すなわちイノベーションを生み出す手段として顧客の知恵を活用したいためです。

イノベーションと新製品パフォーマンスの関係性について調査した興味深い研究があります。Kleinschmidt and Cooper (1991)は、新製品をイノベーションの程度により3つ(高い‐中間‐低い)のグループに分け、発売後のパフォーマンス(経済的成功率および投資に対する収益率:ROI)との関係性を分析しました。その結果、両者の間にはU字型の関係性があったそうです(図1)。

図1:イノベーションと新製品成果との関係

(出典:Kleinschmidt and Cooper 1991, p.245)

つまり、「低いイノベーション」と「高いイノベーション」の製品は成功率が高いのに対し、「中間的なイノベーション」の製品は成功率が低いということを意味します。
当然、イノベーションが高くなるほど製品開発に要求される努力や難易度も上がります。結果だけを見ると、難易度の高くない「低いイノベーション」の製品を作り続ける方が良さそうに思えます。しかしながら、こうした製品がひとたび陳腐化してしまえば、製品の衰退と共に企業も存続できなくなります。企業の存続のためには、リスクを負いながらも一定の割合で「高いイノベーション」の製品を開発しなければならないのです。

そうはいっても、長年製品開発を繰り返していると、よほど創造性に富んだ人材に恵まれない限りアイデアは尽きてくるものです。そこで注目されているのが、顧客の力を借りるユーザーデザインなのです。

i ここでいう「低いイノベーション」の製品とは、既存の自社製品に少し手を加えたり、コストダウンのために設計を見直したり、市場でのポジショニング(顧客からどう見られるか)を再定義した製品です。「中間的なイノベーション」の製品とは、市場には既に存在しているが当該企業には存在しなかった製品を指します。いわゆる、競合他社製品の後追い製品です。「高いイノベーション」の製品とは、これまで世の中に存在しなかった製品や、当該企業にとって極めて新奇性の高い製品です。

効果的プロモーションがユーザーデザインの効果を向上させる

企業がユーザーデザインを実践する上で、一つ留意しなければならない点があります。「ユーザーデザインに参加している一部の人だけが、盛り上がっているのではないか」という懸念です。製品開発に関わらない潜在顧客が疎外感を感じてしまう状況は、好ましいとは言えません。

Schreier, Fuchs, and Dahl (2012)の研究では、適切なプロモーションをおこなえば、製品開発に関わらない潜在顧客に対して好印象を与え、望ましい購買行動を引き起すことが示唆されています。具体的には、「高度な専門知識を有する数多くのユーザーが新製品開発に参加している」「参加ユーザーは多様なバックグラウンドを持ち、独創的なアイデアを生み出している」「参加ユーザーは才能豊富でありながら、顧客としての視点も持ち合わせている」点を積極的にアピールするのです。潜在顧客は、こうした情報に触れることで、当該企業の優れたイノベーション能力を知覚し、当該製品を購買したいと思うようになるのです。

残念ながら、上述のプロモーション効果はT シャツや家庭用品、スポーツ用品といった比較的シンプルな製品に限定されています。ハイテク家電のような複雑な製品については、まだ課題が残っています。実は、ユーザーデザイン効果のメカニズム解明については、研究が進められている最中なのです。

ユーザーデザインの「これから」

ここまで、ユーザーデザインがイノベーションを生み出す有効な手段である点を見てきました。ユーザーデザインは、インターネットやSNSといった、IT技術の発展が前提にあることは言うまでもありません。今後、新しい技術が出現すれば、顧客の製品開発への関わり方も変化していくでしょう。

最後に、顧客の力を借りるユーザーデザインは、万能ではない点を企業は理解しなければなりません。顧客は、目先のことを考えたり、自分たちの利益を優先したり、目移りが激しいといった傾向があるからです。企業は、10年、20年先のビジョンをしっかりと持った上で、ユーザーデザインのような新しい手法を活用する方が良いのかもしれません。

いずれにしても、ユーザーデザインは、われわれ一般顧客に様々なベネフィットをもたらします。また、自分のアイデアが製品として世の中に流通するというのは、想像するだけでワクワクするような体験といえます。機会があれば、皆さんもユーザーデザインに参加してみてはいかがでしょうか。

【参考文献】

  • Kleinschmidt, Elko J. and Donald R. Cooper (1991), "The Impact of Product Innovativness on Performance," Journal of Product Innovation Management, 8 (4), 240–51.
  • Schreier, Martin, Christoph Fuchs, and Darren W. Dahl (2012), “The Innovation Effect of User Design: Exploring Consumers' Innovation Perceptions of Firms Selling Products Designed by Users," Journal of Marketing, 76 (5), 18–32 (大平進抄訳 (2014), 「ユーザー・デザインがもたらすイノベーション効果:消費者が知覚する企業の革新能力」『マーケティングジャーナル』, 第34巻, 第1号, 128-140.).
  • 蛯谷敏(2010), 「特集 4億人が遊ぶ最強玩具「レゴ」:ヒット商品は素人(ユーザー)に学ぶ」, 『日経ビジネス』(2010年5月24日号), pp.58-68.
  • 増田明子, 恩藏直人(2011) 「マーケティング・エクセレンスを求めて(91)顧客参加型の商品開発」, 『マーケティングジャーナル』, 第31巻, 第2号, pp. 84-98.

解説者紹介

大平 進