EBPMと行政事業レビュー

2020年4月13日
千葉商科大学経済研究所 所長 小林 航

『CUC View&Vision No.48』特集の狙い

政府は税金で調達した貴重な財源や公務員試験で採用した有能な人材を活用して様々な政策を実施している。もし仮にそこで実施される政策が有益なものでないとするならば、希少な資源を無駄に使っていることになるため、そうした資源を他の政策にまわすか、減税や公務員数の削減といった形で民間部門での活用を促したほうがよいことになる。したがって、新たな政策を開始する際や既存の政策を継続する際には、それらが有益なものであることを多くの国民が納得する形で示す必要がある。

そのために必要なものは、論理(logic)と証拠(evidence)である。この政策を実施すればこのような形で国益に資するという論理と、それが机上の空論ではなく実際に実現することを示す証拠があれば、その有益性についての説得力が高まる。それを実践しようとするのがEBPM(evidence-based policy making)であり、「証拠に基づく政策形成(もしくは政策立案)」と邦訳される取組である。

そうしたEBPMへの関心が高まるなか、政府が毎年実施している行政事業レビューにおいてもその試行的実践が進められている。本特集は、2018年度(平成30年度)の公開プロセスに着目し、有識者として参加した方々にそのときの議論を振り返ってもらい、EBPMを実践していくうえでの課題や展望について論じていただこうというものである。

1本目は、EBPMとロジックモデルについて概説したうえで、著者の佐藤氏(一橋大学)が参加した国土交通省の「離島振興に必要な経費(離島活性化交付金)」をめぐる議論を振り返っている。特に興味深いのは、この交付金の支援を受けて行われた「壱岐島交流促進事業」(2013年度~)の事例である。この事業では外国人観光客向けの情報発信が行われ、2012年度に90人だった外国人宿泊客数が2015年度には621人にまで増加したという。
ここで問われるのは、この事業を行った結果として外国人宿泊客が増加したのか、それともただの偶然なのかということであり、その検証には他の離島との比較が必要となるが、そのような分析は行われていない。ただし、そのためには離島ごとに成果指標を計測する必要があるが、1つの自治体全体が離島になっている「全部離島」であるかどうかで統計データの利用可能性が変わってくるなど、データの制約についても指摘されている。

2本目は、農林水産省の「国産農産物消費拡大対策事業のうち健康な食生活を支える地域・産業づくり推進事業」に焦点を当てている。この事業は、2015年からスタートした機能性表示食品制度を農産物に広げることにより、国産農産物の消費拡大に寄与することを目指すものであるが、著者の永久氏(PHP研究所)はその「論理には飛躍がある」としている。機能性農産物の消費量が増加しても、その分だけ他の国産農産物の消費量が減少する可能性もあるからである。
そして、ここではその事業を題材として、EBPMに基づかずに設計された事業について事後的にロジックモデルを作成することの妥当性を検証する、という意欲的な試みを行っている。特に注目すべきは「ロジックモデルの作法」と題して展開され、最後にそれこそが「EBPMの神髄である」と結ばれた論理であり、それに基づいて示唆に富む指摘がなされている。

3本目は、経済産業省の4つの事業に焦点を当てている。2018年度の公開プロセスでは、前掲の国土交通省や農林水産省はレビューの対象事業のうち1事業についてのみロジックモデルを作成したが、経済産業省は対象となった事業すべてについて作成している。ここでは、そのなかで著者の大屋氏(慶應義塾大学)が参加した4事業について解説されている。
いずれも重要な論点を含んだ事業であるが、とりわけ「地域・まちなか商業活性化支援事業」において、商店街支援を正当化する根拠として提示されたデータが、「商店街に期待されていると思う役割」を商店街側に尋ねたものだったという指摘は重要である。EBPMの枠組みでは、事業の目的は所与のものとしてとらえる場合が多いが、究極の目標を社会厚生の増大ととらえれば、当該事業の目的とされているものがそれに資するかどうかを問うことも可能であり、そのためには客観的なデータを収集する努力も行われるべきである。
また、信用補完制度に関連した事業について、リスクに対応するタイプの政策であるため、利用実績があったからといってポジティブに評価されるわけではない、という指摘も重要である。これについても、当該事業がどのような経路で社会厚生の増大に資するかを検討し、それに基づいて事業の目的や成果指標を設定すべきであろう。

4本目は、文部科学省の「研究大学強化促進事業」である。この事業は、研究マネジメント人材の確保等を支援することにより、大学の研究力強化を目指すものである。その成果を測定するために科研費獲得件数や論文数といった成果指標が設定され、更にそれを本事業の採択機関と非採択機関とに分けて比較するという分析が行われている。
興味深いのは、この分析の標本に含まれる機関数が限定的(採択機関10、非採択機関3)であることから、統計的な厳密さを欠くのではないかとの指摘があったことに対して、著者の伊藤氏(構想日本)が「EBPMに(そこまでの)厳密性を求めるものではない」との見解を述べている点である。これは、ロジックモデルを構築し、エビデンスを示しながら政策の有効性を検討すること自体に意義があると著者が考えているためである。
そのように考える背景として、これまでのようにロジックとエビデンスが希薄な議論においては、主観的・情緒的な意見の言い合いに終始し、出口の見えない水掛け論になってしまうことが多い、との認識が示されている。一例として紹介されているのが、かつての事業仕分けにおいて展開されたスーパーコンピュータをめぐるやり取りである。事業担当課が共感性を持って議論に参加し、双方に「気づき」を与えながら進めることを可能にするためにも、エビデンス・ベースの議論が必要であるとの指摘は、これまで深く関わってきた著者ならではの至言であり、重く受け止めるべきであろう。

関連リンク

『CUC View&Vision No.48』別ウィンドウで開きます

Page Top