社会科学におけるモデル分析

2021年4月20日
千葉商科大学経済研究所 所長 小林 航

『CUC View&Vision No.51』特集の狙い

本学は「社会科学の総合大学」を掲げ、教育研究活動に取り組んでいる。社会科学は、社会問題を科学的に分析する学問分野と位置付けることができるが、科学的な分析とはどのようなものであろうか。経済学の教科書では、モデル分析によって仮説を導出し、それをデータ分析によって検証するのが科学的な分析方法であるとされている。モデルとは、複雑な現実を単純化したものであり、図や数式で表現されることが多い。

しかしながら、そのような分析方法は、社会科学の他の分野でも同様に行われているわけではない。とはいえ、経済学以外の分野でモデル分析が行われていないかというと、そういうわけでもない。そこで本特集では、経済学を含む複数の分野の研究者に、その分野におけるモデル分析の位置付けや特徴などについて論じてもらう。加えて、数理モデルを用いたシミュレーション分析に関する最近の動向や本学における教育事例についても紹介する。

1本目は、経済学におけるモデル分析の特徴を解説したうえで、モデル分析の例として、缶詰の中身をどのように分けるかという余剰分配問題を紹介している。経済学には、共有知識とでも呼べる一 対象が一気に広がった。ゲーム理論によって構成されるモデルは、社会現象毎に構築され、モデルを変えることで様々な現象が説明できる。しかし、どのモデルにおいても、各経済主体が何らかの価値基準を持ち、その価値基準の下で合理的に行動する、という共通の考え方が根底にあり、そこにこだわりを持っているのが現在の経済学の隠れた特徴であるとしている。

2本目は、社会学におけるモデル分析の位置付けとその歴史を概観したうえで、モデル分析の例としてネットワーク分析を紹介している。現在の日本の社会学研究においては、数理モデルの分析は「メインではない」ものの、創始期以来の伝統もあり、1つの流れとして存在しているという。初期の社会学はモデル化や法則化を指向し、モデル化の実践こそが、社会学が「科学」たりうる条件であるとして1つのイデオロギーにもなっていたが、「社会システム論」のような試みを経て、社会の精緻なモデル化は「社会学」的な研究にはそぐわないとされ、メインストリームからは外れていったとされる。しかし、その過程では計算の困難さなどの技術的な問題も存在しており、その点についてはコンピュータの登場と進展によって一変したという。ネットワーク分析はその具体例として紹介されているが、「方法論的個人主義(社会名目論)」と「方法論的集団主義(社会実在論)」という、「社会」の扱い方に関する方法論的な問題が存在するなかで、「関係」自身をモデル化したものであるという点も強調されている。

3本目は、歴史理論におけるモデルの意義を検討するために、どのようなモデルが望ましいかという論点について考察し、好例とされるいくつかの研究を紹介している。著者によれば、歴史理論において求められるのは、合理的選択を前提とした枠組みから自由でいられることと、社会システムが複線的に変化することを説明できるモデルであるとし、前者の例として、近代資本主義の由来に関する理論が、後者の例として、周圏論を応用した家族類型論モデルと文明の生態史観モデルが紹介されている。そして、それらの研究事例の検討を通じて、モデルをつくることによって比較をすることが可能となり、一般性のある知見が獲得できるようになること、およびモデルの使い方次第で研究上の「驚き」を発見できるという点を指摘している。

4本目は、エージェントモデリングに基づく社会シミュレーションの意義や方法について解説したうえで、考古学における研究例を紹介するとともに、ローマ・クラブの『成長の限界』にも言及している。社会システムの分析や設計を考える際には、実験を行うことが困難であるため、それを克服する手段としてコンピュータを用いたシミュレーションの方法が重要となる。そして、その手法は物質資料から人類史を再構築しようとする考古学のような分野においても、資料の欠如を補うための手段として用いることができるという。また、1972年に公表された『成長の限界』では、システムダイナミクスを用いたシミュレーションが行われていたが、当時はごく少数の研究者しかモデルをデザインし、操作することができなかったのに対して、その40年後の2012年に公表され、そこから更に40年後を予測した『2052』では、Webサイト上でExcelファイルが公開され、読者が自由にモデルを操作することができるようになっている。現在では、このような、専門家でなくとも自由に扱えるモデルが数多く存在しているという。

5本目は、本学の学部生向けに開講されている専門科目「モデル・シミュレーション」の講義内容を紹介し、データサイエンス教育の観点から科目設計の課題について検討している。本来、数理モデルを用いてシミュレーション分析を行うには、微分積分等の数学的な知識やプログラミングの経験が不可欠である。しかしながら、この講義ではそのような知識や経験を前提とせず、Excel等の表計算ソフトや様々なオンラインサービスを活用し、現実世界の対象をモデリングしてシミュレートすることの重要性を体験的に学んで理解することに力点を置いている。講義の前半では、多数の具体例を紹介したうえで、グラフ、線形計画法、待ち行列等のモデルを扱い、後半では、システムダイナミクスに焦点を当て、マルサスの人口モデル、感染症のSIRモデル、カオス現象を表現するローレンツ方程式等を扱っている。

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