はじめまして。「大学図書館の人」中村です。
2015年から千葉商科大学付属図書館で図書館の運営業務に携わっています。
読書は私にとっては、「毎日の生活を健やかに生きるためのサプリメントのようなもの」と言えるかもしれません。
普段からいろいろなジャンルの本を読みますが、よく読むのは中国と日本の古典文学、歴史(主に近世史)、美術の本です。
さて、今回ご紹介するのは万葉集に関する本です。
新元号が「令和」と発表されてから、その出典である万葉集がにわかに注目を浴びています。これを機に、日本に現存する最古の和歌集について知りたいと思った方も多いのではないでしょうか。
新元号発表直後は、関連本があちらこちらで売り切れたという話も聞きましたが、数ある万葉集の関連本の中から、自分の興味に合うものをピックアップするのはなかなか難しいかもしれません。
そこで今回は、読みやすいものから視点を変えたものまで、おすすめ本を3冊ご紹介したいと思います。
1.『古典を読む 万葉集』大岡信著(岩波書店2007年刊)
最初にご紹介するのは、朝日新聞でコラムを連載されていた、現代日本を代表する詩人、大岡信さんの本です。
この本は万葉集成立の時代背景や代表的な歌人である柿本人麻呂の作品を中心に、万葉の歌を読み解く面白さを私たちに教えてくれます。
新元号「令和」の典拠となった序文について解説した「梅花の宴の論」(8章3節)は、この機会にぜひ読んでもらいたいです。
「時に初春の令(れい)月(げつ)にして、気淑(きよ)く風和(かぜやわら)ぎ、梅は鏡前(きょうぜん)の粉(こ)を披(ひら)き、蘭は珮後(はいご)の香(こう)を薫(かお)らす」
という序文が、元号発表と同時に盛んに紹介されるようになりました。この序文は宴の主催者であった大宰府の長官、大伴旅人によって作られたものと考えられています。大岡さんはこの歌に、日本で最初の梅花の翰苑(※)を作り上げてやろうという作者の文学的野心が込められていたと指摘しています。
※かんえん…ここでは文筆・詩歌・文章の類を指している
漢詩を作ることがもっぱら貴族の教養であった時代に、大陸文化の模倣ではなく、自分たちの言葉で自国の自然の美を表現し始めたという、新しい時代の幕開けを感じさせるエピソードに、感慨を新たにしました。
大岡さんの評論やエッセイは、難解な表現や情緒のガスが一切なく、論理的で直截・平明な文体で書かれています。また、実作者の心の奥にまで分け入って行くような分析の仕方が何とも鮮やかなので、この本もスイスイと読めてしまうのではないでしょうか。
万葉集の入門としておすすめの1冊です。
2.『万葉集 植物さんぽ図鑑 日本人なら知っておきたい!』文・木下武司、写真・亀田龍吉(世界文化社2016年)
2番目にご紹介するのは、見て楽しく、読んで面白い1冊です。
タイトルにあるように、万葉集の中の植物に関する歌を60首集めて、歌の解説と歌に登場する植物の写真を一緒に紹介している図鑑のような本です。
本草学にも造詣の深い植物学者と自然写真家のコラボレーションによって生まれました。
ちなみに、万葉集の中には、草木や花などの植物について詠んだ歌が約1,500首あり、その中で一番多く詠まれたのは萩の花で141首あるそうです。2番目に多いのが、「令和」の元になった歌にも登場する梅の花で119首を数えます。
これまでも、万葉の草花を紹介した類書は数多く出版されてきましたが、この本はそれらの本とはすこし違った視点でまとめられています。
著者は「はじめに」の中で現代人と古代人の植物に対する視点の違いについて触れ、歌の解釈についても「なるべく古代人の目線を意識してノンフィクションを貫き通しているのが本書の特徴だと思ってください」と宣言しています。
文章は歯切れがよく、写真も植物への愛が感じられる、美しい仕上がりになっている本です。
これからの季節、水辺や野山に出かける機会が増えると思いますが、そんな時に自分たちの身近にある草花や木に目をとめて、遠く万葉の時代に思いを馳せてみるのもよいかもしれません。
3.『改訂版・万葉集の中の市川』中津攸子著(珠玉社2003年刊)
最後にご紹介するのは、本学がある千葉県市川市在住の作家、中津攸子(ゆうこ)さんの短編です。中津さんは、歴史を題材にした小説をたくさん書かれています。
中津さんがこの本を書くきっかけとなったのは、ある講演で知り合った人から「万葉集の中に市川をうたった歌は何首あるのか」と聞かれたことだそうです。
その答えは11首。
例えば……
「葛飾の真間の手児奈(てごな)がありしかば真間の磯邊に波もとどろに」
この市川市真間には、古くから「真間の手児奈」の伝説が語り伝えられていました。
伝説には、いくつかバリエーションがあるようですが、貧しい生まれながら美しく育った女性が、たくさんの男に求婚され、結局は海に身を投じてしまうという悲劇の物語である点が共通しています。
この本も、「真間の手児奈」の伝説をベースとしていますが、中津さんはその伝説の背景には大和政権に従わない者たちとして、打ち滅ぼされていった真間一族の無念の最期が秘められているのではないかと考えています。
物語の終盤では、中津さんご自身の体験である東京大空襲の翌日に目にした凄惨な光景が、入り江に身を投げた乙女たちの姿とオーバーラップします。
中津さんの弱者に対するまなざしや平和を願う心が手児奈の物語に一段とリアリティを与えている気がしました。
歴史に興味のある方に、ぜひ一読をおすすめしたい本です。
万葉集の歌には、古代日本人の豊かな感性を感じることができます。
今回ご紹介した本に少しでも興味を持ってもらえたら嬉しい限りです。
本学は万葉集ゆかりの地に所在することもあって、万葉集に関係する本を500冊余り所蔵しています。
中には難しい本もありますが、初めはご自身が抵抗なく受け入れられるような本から読んでみると良いのではないかと思います。
(本学付属図書館で、本選びに迷ったら、私やその他の図書館員に遠慮なくお声がけください)
本を通じたコミュニケーションには、人間の知的好奇心を刺激し、日常生活や人生そのものを豊かにする力があります。
今後も折に触れ、たくさんの本をご紹介したいと思いますので、どうぞご期待ください。
それでは、また次回お目にかかるまで。
中村圭佐(なかむら・けいすけ)
千葉商科大学職員。図書館司書。長崎県出身。観世流シテ方の能楽師に入門し、謡や仕舞を稽古したことも。2006年から公共・私立大学図書館の運営業務に従事。趣味は、読書、音楽鑑賞、書、ジョギング、シーカヤック。好きな作家は、遠藤周作、池波正太郎。
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