コラム

内閣府による2021年度国民経済計算年次推計によれば、我が国の第3次産業がGDPに占める割合は72.9%とされている。コロナ禍により、飲食業や観光業を始めとする第3次産業は大きな打撃を受けたが、コロナ禍以前の2019年においても第3次産業がGDPに占める割合は73.1%とされているため、マクロ的に見た場合、コロナ禍の前後を挟んで、我が国の経済構造に大きな変化が生じたわけではない。そのため、我が国の経済にとって第3次産業が果たす役割は依然として重要であることは論をまたない。その意味で、第3次産業の本質が何であるかを問い直すことは決して無意味ではないであろう。
ペティ=クラークの法則として知られているように、経済が発展するにつれて、国民経済に占める産業の比重は、第1次産業(農林水産業等)、第2次産業(鉱工業、建設業等)、第3次産業(商業、運輸通信業、サービス業等)の順で増加する。逆に言えば、第3次産業の発展がその国の経済発展に不可欠であるということがこの法則によって示唆されている。しかし、第3次産業の発展の意義は経済的なものにとどまらない。それは、私たちが暮らす文明社会そのものの存立にかかわるものである。
経済学の祖として知られるアダム・スミス(1723–1790)はスコットランドのグラスゴー大学において道徳哲学教授として教鞭(きょうべん)をとっていたが、そこで行った法学講義において「四段階説」と呼ばれる歴史観を提示した。スミスによれば、人類社会は(1)狩猟民の時代、(2)牧畜民の時代、(3)農耕の時代、(4)商業の時代の順に発展するという。そして、この発展は人間の野蛮から文明への進歩も同時に意味している。例えば、スミスは「天文学史」という自然科学の発達史に関する論文を残しているが、ここでスミスは科学の発展が物質的豊かさの向上や社会の安定が実現されて初めて可能であると述べている。人間が野蛮であった時代においては、人々は自分たちの食糧をはじめとする生活資料を調達することに精一杯で自然現象を合理的に解釈するという発想に至らないのである。だからこそ、スミスにとっては、分業に基づく社会全体における生産性の向上が文明の発展にとって不可欠であった。そして、それらの生産物を国内の隅々にまで行き渡らせる役割を担う存在として商業が重要となる。
輸入品と競う国産品の質向上
スミスの同時代人であり、親友でもあった哲学者のデイヴィッド・ヒューム(1711–1776)もまたスミスと同様に文明社会における商業の役割を重視していた。ヒュームによれば、商業の勃興により、海外の奢侈(しゃし)品が国内にもたらされることによって、その国の人々は勤労により一層精を出すようになる。というのは、人々はこのような奢侈品を用いることによって自らの生活を洗練させることができるからである。一方で、国内の産業も海外から輸入された商品と進歩改良を競うようになり、国産商品の品質が向上する。すなわち、商業の発展は産業における技術進歩も促進することになるが、これは学問的な知識の増進も同時に意味する。例えば、ITツールといった我々の日常生活にもはや欠かすことができない製品は、物理学をはじめとする高度な学問的知識の集積に依存している。さらに、ヒュームは生活や学問における洗練の度合いが高まると、人々は社交性を身につけるようになると述べる。学問によって心が豊かになった人々は知識のやり取りを楽しみ、機智や育ちの良さ、話し方や暮らし方、衣類や家具における趣味の良さを競い合うようになる。この過程で人々は社交的な作法のうちに会合するようになり、その中で人々は振る舞いだけでなく、人間性においても洗練されるようになる。
サービスが成功のカギ
このように、スミスとヒュームは商業が国民経済を発展させるための原動力になっていたことを認識していた一方で、それが人々の勤労意欲、知識、社交性にも影響を与え、人々を生活面のみならず精神面においても文明化させるものとして理解していた。だからこそ、第3次産業は私たちが暮らす文明社会と表裏一体の関係に立つのである。このことは、第3次産業の中心となるサービスの意義について考えてみれば、一層深く理解することができる。
スミスが明らかにした市場社会の本質は、人々が利己的に行動するにもかかわらず、見えざる手によって社会全体の利益が増大するというものである。ここで重要な点は、私たちは、このスミスから何を学ぶかということである。スミスの時代よりもより複雑に分業が進んだ現代社会においても、人々の生産活動が特定の誰かに向けられたものではないということは変わらない。実際、市場社会に参加している人々の数はあまりにも多すぎるので、私たちはその全員と顔見知りになるということはできない。にもかかわらず、私たちは不特定の誰かに商品を購入してもらわなければならない。経済学では、価格を購入の意思決定に関する基準に置くが、前述のように、文明社会では、人々は趣味においても洗練されており、価格のみによって人々は購入の意思決定を行うのではない。価格に加え、その商品の品質や販売者のサービスにも人々は重きを置く。だからこそ、人々の嗜好(しこう)がますます多様化する現代においては、サービスが非人格的な市場プロセスにおいて成功するための鍵の概念となるのである。
石井泰幸(いしい・やすゆき)
千葉商科大学サービス創造学部教授。1960年千葉県生まれ。明治大学大学院経営学研究科修士課程修了。専門が経営学、経営情報論。2008年より現職。
【転載】週刊エコノミスト Online 2023年7月4日「文明社会を左右する第3次産業(サービス)の重要さ」石井泰幸
(https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20230704/se1/00m/020/077000d)
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