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ここ3年ほど猛威を振るいつつ、最近は世界的に感染者数が減少傾向にある新型コロナウイルスであるが、このウイルスは、誰しもが医療にアクセスできることを理想とする「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)」の在り方を見直すきっかけになり得る素材でもある。ワクチンに関するターゲットは、SDGsの中に存在し、「ターゲット3.b」が該当する。このターゲットはワクチンに対するUHCを主張するものであって、主に開発途上国を対象として、誰しもにワクチンにアクセスする機会を提供するようにしようとするものである。そこには、その目的のために「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS協定)」の柔軟性に関する規定を最大限に行使することが明記されている。

WTO協定の例外措置

TRIPS協定は世界貿易機関(WTO)で受諾された貿易協定であり、知的所有権を保護することが狙いの国際ルールである。特許に対して一定期間、排他的権利が与えられる。具体的には、たとえばファイザー社の新型コロナウイルス感染症のワクチンの特許はファイザー社が排他的に持っており、他の製薬会社がファイザー社の許可なしにこのワクチンを製造できない、または製造が許可されたとしても基本的に特許料を払わないと製造できない、ということである(尚、ジェネリック医薬品は特許が切れて他の会社が安価に製造できるようになった医薬品である)。

発明に対して発明者に排他的権利がなく、他人がその発明のコピーを作り放題だとすると、誰もお金と時間をかけて発明をすることがなくなってしまうので、社会のイノベーションを促進する上で、発明者の利益を守る知的所有権の排他性の確保は重要なことである。しかし、ターゲット3.bが言っている「柔軟性」とはこの排他性に対する例外措置である。つまり、ファイザー社に特許を一時的に放棄させて、誰もがファイザー社の新型コロナワクチンを製造できるようにするというような事態を指す。

実のところ、新型コロナウイルスのパンデミック以降、WTOの中で熱心に議論されたことの一つは、このパンデミックを終わらせるために、新型コロナワクチンの特許に対して例外措置を求めるかということだった。結局、2022年6月にWTOの閣僚会議で採択された閣僚宣言に、新型コロナウイルスワクチンの特許の一時的な放棄に関する合意が盛り込まれることとなった。

多文化主義的医療に課題も

以上のことはUHCの考え方が世界に浸透している一例として理解できるが、新型コロナウイルスはUHCの別の側面にも焦点を当てている。近年、UHCは多文化主義を結び付けられても来た。WHOは伝統医療を政策的に推進している。なぜ推進しているかと言えば、「WHO伝統医療戦略2014-2023」によると、医療は文化であって、それぞれの国には、その国の文化や歴史に根付いた治療法があるからだとされる。そして、伝統医療であれば相対的に安価なので、経済的弱者にも基礎的な保健サービスへのアクセスを可能にするというUHC的な論拠も結び付けられている。

実際、新型コロナ対応についても、中国は2023年に入ってから自国の伝統医療、すなわち「中医学」を推進する立場を鮮明にしている。今年に入ってから中国政府は、新型コロナウイルス感染症の治療に中医学の処方薬や技術を積極的に活用するよう国内の病院に指示する通知を発表している。イメージとしては、仮に日本であったら、新型コロナウイルスに感染したときに病院でもらえる薬は基本的に漢方薬になるという事態である。

中医学は科学的には評価が難しい理論体系であり、さらに効果の証明も乏しい。科学的妥当性が必ずしも承認されていないこの治療法しか、新型コロナウイルス感染で苦しむ患者に提示されないとすれば、それは本当に医療にアクセスできていることになっているのか。医療は本当に数ある中のひとつの文化とみなして良いのか。UHCの多文化主義的な側面は、パンデミックの状況によっては厳しく問われ直される可能性があるだろう。

影浦亮平(かげうら・りょうへい)
千葉商科大学基盤教育機構准教授。1981年愛媛県生まれ。京都大学総合人間学部卒業後、ストラスブール大学(フランス)で修士課程、博士課程を修了。博士(哲学)。稲盛財団、京都外国語大学、クエンカ大学(エクアドル)等を経て、21年から現職。専門は哲学・倫理学で、理論・応用両面の研究を進めている。昨今は、SDGsやビジネス領域への研究関心を深めている。

【転載】週刊エコノミスト Online 2023年4月11日「新型コロナウイルスで問われる、誰しも医療にアクセス可能な世界」影浦亮平
(https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20230411/se1/00m/020/001000d)

この記事に関するSDGs(持続可能な開発目標)

SDGs目標3すべての人に健康と福祉をSDGs目標10人や国の不平等をなくそうSDGs目標17パートナーシップで目標を達成しよう
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