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コラム

新型コロナウイルスによる世界伝播(パンデミック)が経済や社会にどんな構造変化をもたらすか、について元日本経済新聞論説委員の内田茂男学校法人千葉学園理事長が解説します。

ヨーロッパの近代化を促した「ペスト」と「リスボン大地震」

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しばしば指摘されるように、とてつもない規模の大災害が、人々の考え方や社会の仕組みを大きく変えるきっかけとなったケースがあります。代表的な例は、14世紀のヨーロッパ人口の3分の1を死に追いやったといわれる「ペスト(黒死病)」です。これによって、働き手が激減し、土地に農民を縛り付けることによって成立していた封建制が崩壊したといわれています。

もう一つは、18世紀半ば、覇権国家だったポルトガルの首都、リスボンを壊滅させた「リスボン大地震」(1755年)です。当時、「神がお怒りになったのだ」とするカソリック指導者に対し、プロイセン(ドイツ)の大哲学者、カントは「地震は神の仕業ではない。自然現象だ。科学的に考えよ」と説いたのです。

わたしの経験でこれまでもっとも衝撃を受けたのは東日本大震災とそれに伴う原発事故(2011年3月)です。留学生だったかつてのゼミ生が、勤務先であり出身地でもある中国・蘇州市の自宅から「日本は放射能汚染で危険だからこちらに避難したら」と電話をかけてきたのが昨日のことのように思い出されます。実際、日本はこのまま沈没するのではないか、と恐怖を覚えました。その時、たまたま手に取ったのが、書棚にあった18世紀のフランスの思想家、ヴォルテールの小説「カンディード」でした。

この小説の主人公、青年カンディードは旅の途中、リスボンで大地震に遭遇するのです。この地震とすぐに押し寄せた大津波によって市民の半分近く約10万人が犠牲になったといわれています。そのリスボンでカンディードは多くの市民が異端者としてとらえられ、衆人環視の中で火あぶりの刑に処せられているのを目撃します。神の怒りを鎮めるにはそれしかない、と神学的権威の象徴だったコインブラ大学が決めたからだ、というのです。

これに異を唱えたのが、科学的精神を強調したプロイセン(ドイツ)の大哲学者カントです。こうしてリスボン大地震という大災害はヨーロッパ近代化の契機となったというわけです。余談ですが、東日本大震災の2年前、別の関心があって世界屈指の歴史のあるコインブラ大学(ポルトガル・コインブラ市)を訪ねたことがあります。古い町並み途切れた小高い丘の上で静かに歴史を刻んでいるように思えました。

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デジタル技術の急進展によって多くの人々の仕事がなくなる

それでは今度のパンデミックは世の中をどう変化させるでしょうか。
将来を予測するのは常に難しいものです。しかもほとんど当たらないというのが本当のところです。
未来予測で定評のあるイギリスの「エコノミスト」誌は、2012年にまとめた「2050年の世界」で「1970年代になされた予言を検証すると、みな悲観的でしかもそのほとんどが間違っていた」と書いています。実際、同誌の2050年の予測は、ほとんどの分野で楽観的ですが、8年を経過した現在、ほぼこの予測に沿って世界は動いているようにみえます。ただ一つ、今回のような途方もない規模の新型感染症の世界的蔓延を予測できなかったことを除いては——。

さて「コロナ後」の社会を予測してみましょう。多分、非常に確率が高いのが、AI(人工知能)、ICT(情報通信技術)の指数関数的発展によって「働く社会」が決定的に変化するということだと思います。自ら学習能力を持つAIが人間を超える可能性があることについては「2050年の世界」を含めてこれまでの予測の範囲内です。ただ今回のパンデミックで仕事のオンライン化、デジタル化、ロボット化が加速をつけて進むこと、それが雇用市場に大きな影響を及ぼすことが明らかになってきました。文字数の制約がありますから、今回はこの点に絞って考えてみたいと思います。

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世界的なベストセラーとなった「サピエンス全史」「ホモ・デウス」の著者の歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ教授(イスラエル・ヘブライ大学)は、最近著「21Lessons」(柴田裕之訳、河出書房新社)で「テクノロジー革命は間もなく、何十億もの人を市場から排除して巨大な「無用者階級」を生み出す」と述べています。これについて経済学者の多くは、歴史的にみれば蒸気機関にしても電力にしても技術進歩は新たな雇用を生み出してきた、という点を重視します。

「それは確かなことだが、今度は違う」とハラリ教授はいいます。19世紀の荷馬車の御者は、新しく生まれた職種であるタクシーの運転手に鞍替えできましたが、馬は仕事を失い、雇用市場から消えていきました。たとえはよくないかもしれませんが、今回のデジタル革命では多くの労働者がこの馬の運命をたどる、というわけです。

理論物理学者で最先端のAI研究者、マックス・テグマーク教授(アメリカ・マサチューセッツ工科大学)も近著「LIFE3.0」(水谷淳訳、紀伊国屋書店)で、ほとんど全く同じ見解を述べています。しかもすでに労働者の無用化は、予測の世界での話ではなく、所得、資産格差のとめどない拡大というかたちで、すでに着実に進んでいる「現実」なのです。今後、その傾向がさらに加速すると思われるのです。

労働者の多くは契約かパートに

アメリカの所得・資産格差については、テグマーク教授も引用している、カリフフォルニア大学バークレー校のチームの有名な研究報告があります。それによりますと、1970年代後半以降、現在(2015年)までの40年間の平均収入の上昇分のすべては上位1%の富裕層に流れ、下位90%の人々の収入は増えていません。
家計の純資産の比較でも同様なことが言えます。この原因として、80年代の富裕層向けのレーガン減税や経済のグローバル化の進展が指摘されてきましたが、最近は、技術革新、つまり経済のデジタル化、情報化が大きく影響しているという主張が有力になっています。

2019年8月15日付けのニューヨーク・タイムズ(国際版)の記事も参考になります。新型コロナ蔓延の直前までアメリカの失業率は空前の低さだったのですが、雇用者の10人に6人は短期契約で不安定な生活を強いられていて、労働適齢期の10人のうち3人は労働市場に参加していないというのです。
この記事を書いたオックスフォード大学の研究者は、AIとロボット化の進展によって2030年までに大部分の労働者は契約かパートタイム労働者になり、やがて人間の労働力は必要とされなくなる、とみています。

それでは日本はどうでしょうか。スピードに差はありますが、デジタル経済化が普遍的な性格をもっている以上、日本もアメリカの後追いをすることは間違いないでしょう。労働市場が非正規労働を中心に不安定になっていることは、コロナ・ショック後の状況を見れば明らかです。

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アメリカの4月の失業率は前月の3.5%から一気に14.7%に跳ね上がりました。同じ4月には日本の休業者が全労働力人口の10%近く、約600万人(失業者は178万人、完全失業率2.6%)と通常の3倍に膨れ上がり、いわゆるギグワーカー(インターネットを通じて単発の仕事を請け負う労働者)を仲介する専用サイト大手4社への登録者者が5月末で700万人に達したということです。

経済がコロナショックから立ち直っても、技術進歩が止まらないどころか加速しますから、雇用形態はますます不安定化するのではないでしょうか。AI研究者のテグマーク教授は、これからの職業を考える際には、人との関わりがあるか、社会的知性を必要とするか、創造性が必要か、をチェックし、いずれもイエスならうまくいく可能性が高い、と指摘しています。

AI、情報通信技術が主役となるこれからの経済社会は、それらが稼いだ所得(AI、情報通信技術を所有する資本家が稼いだ所得)をいかに圧倒的多数の一般市民および社会に還元するか、そのためにどのような仕組みを構築するかが、最大の課題となりそうです。別の機会に考えたいと思います。

内田茂男

内田茂男(うちだ・しげお)
学校法人千葉学園理事長。1965年慶應義塾大学経済学部卒業。日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、2000年千葉商科大学教授就任。2011年より学校法人千葉学園常務理事(2019年5月まで)。千葉商科大学名誉教授。経済審議会、証券取引審議会、総合エネルギー調査会等の委員を歴任。趣味はコーラス。

この記事に関するSDGs(持続可能な開発目標)

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