新型コロナウイルス感染症の世界感染者が6月10日現在で720万人を超え、未だ拡大の一途を辿っています。この蔓延は世界経済に大きな打撃を与えるだけでなく日本の経済にもどう影響するのか? 元日本経済新聞論説委員の内田茂男学校法人千葉学園理事長が解説します。
"グレート・シャットダウン"の衝撃
今回のパンデミックの経済的打撃の大きさを初めて世界に伝えたのは、4月14日に国際通貨基金(IMF)が発表した「世界経済見通し」でした。この見通しの記者発表の冒頭で、担当者は「この3カ月で世界は劇的に変わった」と述べました。IMFは3カ月ごとに見通しを改定していますから、前回の発表は1月中旬です。その時点では、こんなとんでもない災厄が待ち構えているとは思いもよらなかったのです。
IMFの見通しは、確かに世界に衝撃を与えました。前回の1月見通しでは、2020年の世界経済は順調に拡大し、実質成長率は3.3%とみていました。ところが4月見通しでは、一転、3.0%のマイナス成長に、文字通り"劇的に"改定したのです。とくに先進国はマイナス6.1%に落ち込むと見ています。アメリカはマイナス5.9%、日本はマイナス5.2%です。
IMFはこの見通しをベースシナリオ(基本シナリオ)とみていますが、このシナリオは「パンデミックがことし前半でピークを迎え、後半に収束する」という前提で成立しているのです。収束が半年遅れるケースでは20年の世界経済成長率はマイナス6%とみています。
IMFは、今回の経済危機の震度は2008-09年のリーマンショック(09年の世界経済成長率マイナス0.1%)を大きく上回り、90年前の世界大恐慌(グレート・デプレッション)以来の歴史的事件だとみています。イギリスのフィナンシャル・タイムズは、この危機の性格を、「グレート・シャットダウン(大遮断)」と表現しています。
先進国で進むサービス経済化に逆風—休職者・失業者が急増
ヒトの動きもモノの動きも急に止まったグレート・シャットダウンは経済活動にどんな変化をもたらそうとしているのでしょうか。5月末から6月初めにかけて、ロックダウン下の4月の経済指標が明らかになってきました。日本では4月7日に緊急事態宣言が出され、「ステイ・ホーム」が強く要請されました。そこから明らかになったのは、人の移動および集会の禁止・制限・自粛が、まず各種小売業、料理・飲食業、音楽会・観劇・スポーツなど各種イベント業、旅行・観光業、陸海空運業など先進国経済の中核である各種サービス産業を直撃しました。ついで料理・飲食業の収縮が農業および関連業に影響し、人の移動が止められたことによって工場の生産が停止、製造業が痛手をこうむっていることが明らかになっています。4月の日本の主要経済指標を以下に掲げておきましょう。
まず雇用状況。労働力調査によりますと休業者が597万人と過去最高になっています。リーマンショック時の2009年1月の休業者は153万人でした。休業者のかなりの部分が景気の回復が遅れれば失業者に転じる可能性があります。
完全失業者は178万人(季節調整値)と微増で、失業率は2.6%(同)とあまり変わっていませんが、今後、要注意というところでしょう。ちなみに3月以降、各州でロックダウン措置が施行されたアメリカはどうかといいますと、4月の非農業就業者数は前月比で2,050万人も減っています。これは過去最大の減少です。失業率は14.7%(2月3.5%、4月4.4%)に跳ね上がっています。最近急増していた非正規のいわゆるギグワーカーなどが直撃を受けているということです。
外出自粛が厳しく要請されているため、家計消費は大きく減少しています。4月の家計調査によりますと。2人以上世帯の4月の消費支出額は、前年に比べ11.1%も減少しました。これは統計の比較ができる2001年1月以降で最大の落ち込みです。
製造業も痛手を受けています。日本の製造業の活動状況を総体的に示す鉱工業生産指数は自動車を中心に全体で前月比9.1%減少しました。これも過去最大の減少率です。
これまでの景気対策は効果なし
このように経済活動はこれまでにないスピードで収縮を始めていますが、政府はどのような対策をとろうとしているのでしょうか。経済学の教科書には、景気が悪い時には、財政拡張政策(政府が道路などを造るためのお金を出すか減税で家計の可処分所得を増やして消費してもらう)、あるいは金融緩和政策(中央銀行が金融市場に通貨を供給して民間企業が借りやすくする)で需要を創出する、と書いてあります。ところが今回はそれではうまくゆきそうにありません。つい正月明けまでは、日本経済は力強さに欠けるきらいはあっても戦後最長の景気拡大を続けていたのです。企業は史上最高の現預金を抱えていますし、家計の所得環境も悪いわけではありません。アメリカも似たような状況でした。ではどうすればよいのでしょうか。
必要なのは伝統的な財政金融政策ではなく、感染拡大を防ぐために思いもかけず急な休業要請で収入源を失った事業者や休業や失業で収入を絶たれた人々にとにかく急いで資金を供給することです。このことに日本をはじめ各国政府が気付いたのは3月になってからではないでしょうか。現在、日本やアメリカは国内総生産(GDP)の10%以上に当たる規模の財政支出を決めています。
回復に数年は必要か?
こうした政策が成功することを前提に日本経済はいつごろ回復するのでしょうか。リーマン危機では、実質GDPは2009年までの2年間で5.5%減少しました。今回のコロナショックではIMFの基本シナリオでも1年間で5.2%減少すると見られています。リーマンショックでは、元の水準に戻るのに名目GDPで8年、実質GDPで4年を要しました。
しかし、今回ほど予測が難しいことはありません。新型コロナウイルスがどの程度の期間で収束するのか、ほとんど予見不能だからです。すでに欧米ではロックダウンの緩和が始まっていますが、緩和が早すぎれば第2波、第3波の襲来が十分に予想されます。ハーバード大学の研究チームは4月に、2022年まではソーシアル・ディスタンシングなどの警戒措置を続ける必要があるかもしれない、という報告書を公表しています。「数年は耐える」という覚悟が必要だと思います。
内田茂男(うちだ・しげお)
学校法人千葉学園理事長。1965年慶應義塾大学経済学部卒業。日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、2000年千葉商科大学教授就任。2011年より学校法人千葉学園常務理事(2019年5月まで)。千葉商科大学名誉教授。経済審議会、証券取引審議会、総合エネルギー調査会等の委員を歴任。趣味はコーラス。
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