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コラム

新型コロナウイルスによる世界伝播(パンデミック)が経済や社会にどんな構造変化をもたらすかについて元日本経済新聞論説委員の内田茂男学校法人千葉学園理事長が解説します。

20世紀の"ポワティエの戦い"

産業構造はこれまでどのように変化してきたのでしょうか。

世界史の授業で「ポワティエの戦い」について習ったことがあるかもしれません。ペスト(黒死病)がヨーロッパ全土を巻き込んで猛威を振るっていた1356年に、フランス内陸部のポワティエでイギリスとフランスが激戦を繰り広げた戦いの名称です。その「ポワティエの戦い」の現代版を記者時代に取材したことがあります。

なんのことかと思われるかもしれませんが、40年近く前、日米、日欧の間で貿易摩擦が激しさを増していた時代の話です。1982年1月、フランスが、突然、日本製VTR(ビデオ・テープ・レコーダー)の通関手続きを山間部のポワティエ1カ所に絞り込み、事実上の輸入禁止措置をとったのです。

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テレビで簡単に録画ができる家庭用のVTRは日本企業(日本ビクター、ソニー)の発明品で、日本のみならず欧米でも人気のある家電製品となっていました。もちろんフランス製はありません。「わたしたちはVTRで録画を楽しみたいのにーー」。パリの主婦は政府の対応に不満げでした。

フランス製品の競争力強化を目指して産業の国有化を進めたミッテラン大統領の輸入規制の一環だったのです。これに対し、自由貿易主義を掲げる日本は激しくフランスに抗議しました。マスコミはこの事態を日仏間の「ポワティエの戦い」と報じたのです。

このことが象徴しているように、1970-80年代は、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」(1980年3月 エズラ・ヴォーゲル著)と言われたように、日本の工業製品の競争力が世界市場を制覇し、日本の貿易収支が大幅な黒字を継続した時代でした。

産業の中心はモノから情報へ

ところがいまはどうでしょう。1990年代以降、景色が全く変わってしまいました。80年代末から90年代初めに、行き過ぎた株価と地価が急激に崩落し、バブルがはじけました。この後遺症があまりにも重く、日本経済全体がすっかり元気をなくしてしまったのです。

企業はバブル時代の水膨れ経営(過剰雇用、過剰設備、過剰借り入れ)からの脱却に10年を要しました。

この間に、いわゆるアジア4小龍(台湾、韓国、香港、シンガポール)が日本の製造業を追い上げる存在に成長し、21世紀に入ると中国が世界の生産工場として市場に参入してきました。

一方、80年代に製造業で日本の後塵を拝するようになったアメリカは、90年代にIT(情報技術)、とりわけインターネットを中核にした情報通信技術で世界をリードする存在に大きく変身しました。産業の最先端はモノの生産から情報の生産・流通に変化したのです。

今回のコロナ・ショックで世界の企業がかつてない収益減に苦しんでいる中で、GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)といわれるデジタル産業の巨大IT企業が巨額の利益を稼ぎ出していることがそのことを象徴しています。

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このように産業構造はイノベーション(技術革新)で大転換を遂げることがあるのです。日本の産業はこの面でも大きく後れをとったといわざるをえません。

産業は人々のニーズに合わせて変化する

一方で、歴史を振り返りますと、産業構造は人々のニーズ(欲望)の変化に合わせて変わってきたことがわかります。昔はどの国でも農業や漁業が中心でした。

豊かになるにしたがって人々の欲望の中心が食を満たすことから、生活を便利にする各種工業製品に、それも行き渡ると芸術、旅行・観光、外食といったさまざまなサービスに移行してきました。産業構造はこうした人々の欲望を反映して変化してきたのです。

日本で最初の国勢調査が実施されたのは100年前、1920年(大正9年)ですが、これによりますと、当時の日本の就業者の半数以上は農林水産業で働いていました。その後、製造業で働く人が増えてゆくのですが、農水産業中心の第一次産業と製造業中心の第二次産業が肩を並べるのが1960年前後です。

その後、サービス業中心の第三次産業が労働市場の中心になってゆきます。直近(2018年)の就業人口を産業別に見ますと、農林水産業は3.5%、製造業は15.9%、その他の大部分は情報通信を含む各種サービス業です。

ここで産業構造の変化に関連したエピソードを一つ紹介しましょう。

ベトナム戦争報道でピュリッツァー賞を受賞したデイビッド・ハルバースタム(当時ニューヨーク・タイムズ記者)は、アメリカ社会やアメリカ人の国民性の変化を克明に記録しているのでも有名です。

ハルバースタムがその著書『THIS CENTURY』でハンバーガーショップ「マクドナルド」の創設者のマクドナルド兄弟が、自動車全盛時代(アメリカ人の一家に一台以上、乗用車が普及した時代)だった1950年代後半から、毎年新しいキャデラックを買い続けた、と書いています。

自分が成功しつつあることを世に知らしめるためだったということです。そのキャデラックは、所得水準に合わせた車種を開発して人々の車への欲望を掻き立てる戦略をとっていたGMの最高級車でした。

GMはいうまでもなく世界の製造業の盟主だったのですが、買い手のマクドナルドは自動車道路の普及で発展したハンバーガーチェーン、外食産業の雄にのしあがりました。

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情報通信技術が社会を変える

以上のように先進国はサービス経済化によって成長を維持してきたのですが、今回のコロナ・パンデミックはサービス産業の多くが直激を受けています。外食産業や外国人旅行客の急増で急成長してきた観光業が需要をシャットダウンしたことで深刻な影響を受けていることは周知の通りです。

一般にサービス産業は人の集まりや接触で価値が生まれる産業ですから、3密(密接、密集、密閉)、移動自粛ということになれば大きな打撃を受けざるを得ません。コロナの完全収束に時間がかかれば持ちこたえられない業者が続出する可能性も指摘されています。すでにニューヨークで歴史あるホテルやレストランで廃業するところが出てきていると報道されています。

一方で情報通信技術が進化したことで在宅勤務などテレワークやオンライン授業が十分機能することがわかってきました。すでに日立製作所や富士通は在宅勤務を原則とする方針を打ち出しています。そうなると人々の生活の自由度が格段に向上し、社会のありようが変わってくるかもしれません。

トヨタ自動車が今年1月、ラスベガスで開催されたエレクトロニクス見本市で、自動運転などを活用し「モノやサービスを情報で繋ぐ」スマートシティの実験都市を静岡県裾野市で開発すると発表しました。最近、その目的のためにNTTと資本提携すると発表しました。新たなイノベーションとして大いに注目したいと思います。

内田茂男

内田茂男(うちだ・しげお)
学校法人千葉学園理事長。1965年慶應義塾大学経済学部卒業。日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、2000年千葉商科大学教授就任。2011年より学校法人千葉学園常務理事(2019年5月まで)。千葉商科大学名誉教授。経済審議会、証券取引審議会、総合エネルギー調査会等の委員を歴任。趣味はコーラス。

この記事に関するSDGs(持続可能な開発目標)

SDGs目標8働きがいも 経済成長もSDGs目標9産業と技術革新の基盤をつくろう
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