ウェルビーイングは、英語で書くと「Well-being」。"Well(よい)" + "being(ある状態/あり方)"から成る言葉です。ウェルビーイングとは、どういう意味なのでしょう。

「幸せ」の定義をアップデートするウェルビーイング
健康面でも、経済面でも、仕事や対人関係などでも、総じて満たされている"よい状態"がウェルビーイング。そう捉えると、なんとなく腑に落ちるかもしれません。
近年、医療や福祉、教育などに関連して、あるいは企業活動や地域開発において、「ウェルビーイング」という言葉を見聞きすることが増えてきました。ただ実際には、ウェルビーイングは、医療分野では心身の健康と結び付けて、心理学では幸せや幸福観の観点から、福祉関係ではもちろん福祉をめぐってと、分野によって少しずつ異なる角度から語られることが多い言葉です。
WHO(世界保健機関)は、心身の健康の大切さをこの言葉で表していますが、「ウェルビーイング=健康」と限定しているわけではなく、「ウェルビーイングの精緻な解釈は明確になっていない」と言っています。
つまり、時代や文化によっても変化する、非常に幅の広い概念であるために、誰もが納得する唯一の定義は、いまも定まっていないのです。だからこそ議論が絶えない言葉といえるでしょう。
ウェルビーイングは人間に限定された概念ではありません。 WHOは2021年のレポートで、ウェルビーイングには個人の視点(インディビジュアル)だけでなく、社会全体の視点(ソシエタル)が必要であると示しました。
これについては、興味深い事例があります。ラテンアメリカの先住民に伝わる「ブエン・ビビール(よく生きる)」という思想です。彼らは「人はコミュニティの一部であり、他者との調和なしに個人の幸せはない」と考えます。 しかもそのコミュニティには、大地や水、動物、植物といった自然も含まれるのです。エクアドルやボリビアでは、自然を「母なる大地(パチャママ)」と呼び、自然自体のウェルビーイングの権利を法に定めているほどです。

こうした動きは、今や世界的な潮流となりつつあります。人間一人ひとりの幸福を、地球全体の健全さ(プラネタリーウェルビーイング)の中で考えようという動きです。SDGs(持続可能な開発目標)とのつながりの中で語られることも多く、これからのウェルビーイングを考えるうえで欠かせない、大切な視点といえるでしょう。
GDPに代わる、ウェルビーイングの指標づくり
日本は現在、GDP(国内総生産)世界第4位の経済大国です。ところが、「世界幸福度報告書2025年度版(World Happiness Report 2025)」のランキングでは55位。このギャップを見ると、経済的に豊かであればウェルビーイングが向上する、というわけではないことがよくわかります。お金だけで幸福になれるほど、人生は単純ではないようです。
実は1930年代に「GDP」という指標を開発した、経済学者サイモン・クズネッツ自身も、「国民の豊かさは、所得だけで測ることはできない」と繰り返し警告していました。GDPの生みの親だからこそ、その限界を熟知していたのかもしれません。
さらに1974年には、アメリカの経済学者リチャード・イースタリンが「幸福のパラドックス」という、興味深い理論を唱えました。
私たちは、自分の給料が増えれば一時的には喜びを感じます。しかし、社会全体が豊かになり、周りと比較したり、上がった給料水準に慣れてしまったりすると、喜びは薄れていきます。このため、国全体が豊かになっても(1人あたりのGDPが増えても)、人々の幸福度が比例して上昇するわけではないのです。
「イースタリン・パラドックス」として知られるこの議論は、GDPに代わる「本当の豊かさを測る新しい物差し」が必要であることを、世に知らしめることになりました。

そうした物差しを、1970年代に、世界に先駆けて考え出したのが「世界一幸せな国」として知られるブータンです。
「GNH(国民総幸福量)」と名付けられた指標は、物質的な豊かさと精神的な豊かさのバランスを重視し、仏教哲学に基づいた「経済・環境・文化・統治」の4本柱で構成されています。この考え方はのちに憲法にも明記され、今もブータンの国づくりの羅針盤となっています。
1990年代には、国連開発計画(UNDP)が「HDI(人間開発指数)」を発表しました。これはノーベル経済学賞受賞者のアマルティア・センによる、「豊かさとは、所得が増えることではなく、人が自由に選べる選択肢(ケイパビリティ)が広がることだ」との思想に基づいています。
そして2009年、経済学者ジョセフ・スティグリッツ(ノーベル経済学賞受賞)らが作成した「社会の進歩を測るための新しい物差し」としての、通称「スティグリッツ報告書」が提案されました。
このスティグリッツ報告書をもとに、OECD(経済協力開発機構)が策定したのが、「ベターライフ・インデックス(より良い暮らし指標)」で、今では各国の統計局が国民のウェルビーイングを調査する際の、ガイドラインのような役割を果たすようになっています。
ウェルビーイング向上に取り組む国や企業も
OECDのベターライフインデックスを参考にして、日本でも2019年から、内閣府が「ウェルビーイング・ダッシュボード」の運用を開始しました。国民の"幸福度"を本格的に測定する取り組みです。「家計」「雇用」「ワークライフバランス」「社会とのつながり」などの項目を主観的に評価してもらうアンケートによって、「あなたは現在の生活にどの程度満足していますか?」といった実感を調査しています。
他の先進国でも、独自の指標を国の施策に組み込み、PDCAを回しながら改善を図っています。なかでもニュージーランドは、独立した「ウェルビーイング予算」の枠を設けるほど徹底しています。同国は2019年、世界ではじめて「国民のウェルビーイング向上」を目的に予算を編成し、2020年には法律を改正。ウェルビーイング予算を法定化しました。

一方、ビジネスの世界に目を向けると、ウェルビーイング経営という考え方が関心を集めるようになりました。人的資本としての従業員の労働環境や健康状態の改善と、生産性の向上を図る議論が中心となる中、他業界に先駆けて自然と社会との関係にも着目してきたのが食品業界です。
「食」は自然環境やコミュニティと切り離せません。そのため、食卓の向こう側にある環境や社会の健全さにも視野を広げてきました。
例えば味の素株式会社は「アミノサイエンス®で、人・社会・地球のWell-beingに貢献する」という志(パーパス)を掲げています。そして、従業員のエンゲージメント(働きがい)のみならず社会・環境への取り組みを「企業価値を高める原動力」として時系列データとともに投資家などへ公開しています。
近年、こうした考え方に根ざした経営を行う企業は増えていますが、中長期的な計画を立てて実行し、その進捗を開示するスタイルが定着するには、まだ少し時間がかかるかもしれません。
個人だけではつくれないウェルビーイング
健康的な生活を心がける、家族や友人とよい関係を築く、仕事で成果を出し収入を増やす……。自分自身のウェルビーイングを高めるために個人でできることは、身の回りにたくさんあります。しかし一方で、ウェルビーイングを阻害する「壁」があるのも事実です。社会のしくみや格差といった社会的な障壁に加え、自然災害や環境破壊などの自然の脅威も存在します。

人は社会や自然の中で生きています。ウェルビーイングは個人のみに焦点をあてるのではなく、社会や自然のよい状態を含めて考えていく必要があります。そのために何が必要かを問い続け、答えを試行していくこと、その積み重ねが私たちのウェルビーイングを確実に向上させていくはずです。
この記事に関するSDGs(持続可能な開発目標)

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