農業の近代化は食と農の距離を広げた。つながりの再構築のため、食と農の交流が注目されている。
「6次産業化」拠点になる直売所
1950年代半ばからの高度経済成長を背景に、食と農の現場は大きく再編された。農業の近代化政策は、産業としての農業の確立をめざし、農産物の流通は地域から離れ、広域化・複雑化した。85年9月のプラザ合意以降、円高・ドル安の進行で輸入農産物が急増し、国内農業の規模は縮小していった。そして、「グローバル・フードシステム」の形成は、自由貿易と規制緩和を進め、生産者は国際競争を強いられている。
食と農の間には物理的な距離と心理的な距離が存在する。物理的な距離が拡大すれば、食の安全性を脅かす事態が生じる。例えば、収穫後の農作物の輸送・保管中に虫やカビなどが発生するのを防ぐために散布するポストハーベスト農薬だ。日本では使用が禁止され、80年代後半には輸入小麦や果実への使用が社会問題になった。
私たちの食卓から生産現場が遠ざかり、それが当たり前になってしまうと、生産者と消費者の相互の関係性が断絶し、心理的な距離も生じる。これは、人間の生命を再生産する食、食を生み出す農業への無関心を生み、その無関心がさらに食と農の距離を拡大させるという悪循環を引き起こす。
一方で、地域から食と農のつながりを再構築する「ローカル・フードシステム」の実践が世界的に広がりを見せている。類似する言葉に地産地消がある。ローカル・フードシステムはその要素を含みながら、食と農の間でコミュニケーションを生み、活性化をめざす点に特徴がある。ここでは、農産物直売所とマルシェ(ファーマーズマーケット)について見ていく。
農産物直売所は、農村、都市問わず人気で、地元住民の日常的な食卓を支えている。行動制限があった新型コロナウイルス禍でも、身近な存在として地域の食を守り、存在感を示した。さらに、観光客を呼び込み、都市農村交流に展開する取り組みも生まれている。
食堂と加工施設を併設
2020年度に実施された農林水産省「6次産業化総合調査」によると、農産物直売所の事業体数は、10年度の2万2,050事業体が20年度には2万3,600事業体に、年間販売総金額は8,175億円から1兆535億円に増加した。事業体数はここ数年増減を繰り返し、年間販売総金額もやや減少しているものの、消費者から支持されていることが分かる。
「6次産業化」とは、1次産業の事業者が製造・加工(2次産業)や販売・サービス(3次産業)にも取り組むことを指す。農産物直売所は朝採りの新鮮さや生産者との距離が近い安心感、価格の安さを魅力とした農産物や農産加工品の販売が基本的な役割だが、飲食店や農産加工施設を設置する「経営の多角化」、学校給食やスーパーへの出荷など「販路の多角化」に取り組む農産物直売所も見られ、食と農を軸にした地域経済の循環を作り出す6次産業化の拠点としての役割も果たしている。
農産物直売所は委託販売が基本である。そのため、生産者と消費者間で交流やつながりは生まれにくい。ただし、その取り組みにはさまざまな工夫があり、消費者との距離を縮め、期待に応えている。
筆者の出身地にある道の駅「今井恵みの里」(長野県松本市)は、農業地帯ならではの多彩な農産物や農産加工品の販売に加え、定食や手打ちそばなどを提供する食堂「今井食堂」と農産加工施設を併設している。旬に応じたイベント企画も多く、遊休農地を活用した体験農場や市民農園の開設、オーナー制度などを実施し、農に触れる機会も提供する。
注目すべきは、農産加工の取り組みである。今井恵みの里が地元の野菜や果物を使用し、商品開発を進めると同時に、自家用・少量単位から委託製造を受託している。店内には生産者ごとのジャムやジュースがオリジナルラベルでずらりと並び、見ているだけでも、楽しい気分になり、つい手に取ってしまう。保存が利くため、観光客の土産品としても最適である。
加工品は保存・出荷期間を長く確保でき、規格外品の有効活用もできる。ただし、生産者自ら加工施設を設置することは、場所、コストなどから見てハードルが高い。今井恵みの里は、農産加工にアクセスしやすい環境を整え、農産物の付加価値化、地域農業の維持・発展に貢献している。
盛り上がる都市型マルシェ
近年、都市型マルシェが盛り上がりを見せている。東京都内では「ファーマーズ・マーケット@UNU」(渋谷区神宮前、毎週土、日曜日)、「太陽のマルシェ」(中央区勝どき、毎月第2土、日曜日)などが開催され、多くの人でにぎわっている。これらは規模が大きく、出店者は全国各地から集まる。
マルシェは、対面販売という点で農産物直売所とは区別される。生産者と消費者が会話や直接交流でき、コミュニケーションも取りやすいことが特徴である。
コンセプトを明確にしたマルシェもある。レストラン関係者が足繁く通う「鎌倉市農協連即売所」(神奈川県鎌倉市、毎日)は、多品目・多品種で、色とりどりの鎌倉野菜が並び、地元の生産者が交代で販売する。「オアシス21オーガニックファーマーズ朝市村」(名古屋市、毎週土曜日)は、「オーガニックを日常の食卓に」というコンセプトのもと、愛知県や岐阜県などの生産者が有機農産物を販売する。いずれも規模は小さいが、長年継続し、地域に根付いている。
筆者は、学生と一緒にキャンパスのある千葉県市川市で20年11月から「いちかわごちそうマルシェ」(毎月第2・第4土曜日)の運営に携わっている。会場は市川地方卸売市場で、住宅街に囲まれた都市型マルシェである。リピーターも多く、毎回2000人ほどの来場者が訪れる。その大半が近隣の地元住民で、来客者層も幅広い。
この活動は民営化された市場の新たな取り組みとして、地域コミュニティーの醸成、地域活性化などをめざして始まった。広い駐車場を会場に、農産物(野菜、果樹、花卉(かき))、農産加工品などが市内、県内、全国から集まる。キッチンカーが食事を提供し、市川市や隣接する松戸市のクラフトビールも飲める。食べて、飲んで楽しむのもマルシェの魅力である。
このように、農産物直売所の経営・販売の多角化、マルシェのにぎわいを見ると、ローカル・フードシステムは、消費者の顔が見える直接販売を基本としながら、食と農のコミュニケーションを促し、多様な人と人とのつながりを作る「場」の創出という共通点が見られる。これからは、物理的な距離を縮めるだけではなく、食と農の関係性をデザインし、幅広い層の消費者、地域にアプローチを行うことでファンを獲得するつながりが必要ではないだろうか。それが心理的な距離を縮め、農業や生産者への共感を生むだろう。
小口広太(おぐち・こうた)
千葉商科大学人間社会学部准教授。1983年長野県出身。博士(農学)。明治学院大学国際学部卒業、明治大学大学院農学研究科博士後期課程単位取得退学。日本農業経営大学校専任講師などを経て、21年4月から現職。専門は地域社会学、食と農の社会学。
【転載】週刊エコノミスト Online 2022年12月19日「農産物直売所や都市型マルシェにみる〈場の創出〉という大切な役割」小口広太
(https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20230103/se1/00m/020/027000c)
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