コラム
二酸化炭素排出量が実質ゼロになる脱炭素社会では、再生可能エネルギーで電力を100%賄う社会になると同時に、人々の移動と生活に必要なエネルギー消費が最小化・最大効率化される。なぜなら、発電などのエネルギー転換部門と工場や物流という産業部門を除けば、温室効果ガス排出の大きな源になっているのが、移動での自動車利用と建物の空調利用だからである。そこで、家電などの効率化や給湯の地域熱供給化と合わせた取り組みが重要になる。
移動距離が短い都市構造に
一般的に、移動距離が短くなるほど自動車利用の割合が減少し、徒歩や自転車、バス、路面電車と移動手段が多様化する。ドイツの研究によると、移動先までの距離が1キロメートル以内の場合、マイカーで移動する人は1割しかいないが、1キロを超えると3割、2キロを超えると5割弱、5キロを超えると6割弱の人が、それぞれマイカーを運転するようになる(村上敦『ドイツのコンパクトシティはなぜ成功するのか』学芸出版社)。日本でも、少なくとも地方都市では同様の状況なのではないだろうか。
そこで、脱炭素社会においては、住民の移動距離が短くなるようにデザイン・計画された都市構造が必要になる。移動の自由は基本的な人権と考えられるため、脱炭素のためとはいえ、移動を抑制することはできない。仕事や買い物、その他の日常生活のために、人々が自由に移動することを前提としながら、自然に移動距離が短くなるように、オフィスや住宅、その他の施設を配置し直していくのである。移動距離が全体的に短くなれば移動手段も多様化するため、バスや路面電車などの都市内公共交通の採算性が向上し、異なる交通機関の間を共通のナビゲーションや決済プラットフォームで結ぶ「MaaS(マース〈Mobility as a Service〉=移動のサービス化)」も効果的になる。逆に言えば、移動距離の短い都市なくしてマースはあまり意味をなさない。
1街区に多数の機能が混在
つまり、過密でも過疎でもなく、住宅だけでもオフィスだけでもなく、年齢構成が大きく変動しない街区を形成することが重視される。例えば、高層ビルやタワーマンションをシンボルのように整備するのでなく、8階建てほどの中層の建物を数多く整備し、1階は店舗、2階は病院、3階はオフィス、4階以上は住宅というように、1つの街区に多数の機能が混在するようになる。
そうなれば、タワーマンションが突然に建って、小学校の教室が足りなくなるようなこともなくなり、地域で受け入れ可能な公共施設などに合わせて、開発・再開発がなされるようになるだろう。
これは、従来のように、オフィス街、ショッピングセンター、巨大団地・ニュータウンという、特定の目的の建物が集中して配置されるような街とは根本的な考え方が異なる。
上がる建物の資産価値
建物はすべて高断熱・高気密化され、空調負荷を大幅に低減しつつ、年間を通じて室温・湿度が安定する快適な暮らしを実現する。今の日本では、ほとんどの住宅で、夏は暑く、冬は寒く、結露とカビに悩まされる。それらを防ごうとすれば、光熱費が大幅に高くなり、光熱費を節約しようとすれば、我慢の生活を余儀なくされる。そうした生活とも無縁になる。
そして、街区の開発をコントロールしながら、高断熱・高気密の住宅を普及させることは、住宅やビルの資産価値が長期にわたって維持・上昇し、経済の基盤になることを意味する。現在は、住宅を取得した瞬間から、建物としての資産価値は大幅に下落し、約20年でゼロになる。人生最大の投資でありながら、最悪の投資先である。
それが、100年単位で建物が使用され、立地する街区の人口が安定的に確保されると分かれば、多くの欧米諸国と同じように資産価値は上昇していく。そういう社会になれば、投資が促進されると同時に、大多数となる普通の人々の財産を増やし、新しい日本経済の富の基盤になることを意味する。
田中信一郎(たなか・しんいちろう)
千葉商科大学基盤教育機構准教授。博士(政治学)。国会議員政策担当秘書、明治大学専任助手、横浜市、内閣官房、長野県などを経て、2019年から現職。専門は公共政策。著書に『国家方針を転換する決定的十年』『政権交代が必要なのは、総理が嫌いだからじゃない』(いずれも現代書館)、『信州はエネルギーシフトする』(築地書館)、共著に『国民のためのエネルギー原論』(日本経済新聞出版社)など。
【転載】週刊エコノミスト Online 2022年12月27日「脱炭素社会であなたの街と生活はこう変わる」田中信一郎
(https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20221227/se1/00m/020/003000d)
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