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コラム

新型コロナウイルスの感染拡大により冷え切った経済からの回復の鍵となると言われているグリーンリカバリー。グリーンリカバリーに向けた日本の動きについて元日本経済新聞論説委員の内田茂男学校法人千葉学園理事長が解説します。

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2050年までに「カーボンニュートラル」

2020年10月26日に開催された臨時国会で、菅義偉首相が初めての所信表明演説を行い「2050年カーボンニュートラル」を宣言しました。2050年までに日本が排出する二酸化炭素(CO2)など温室効果ガスの排出量を実質ゼロとすることを世界に向け公約したのです。実質ゼロというのは、経済活動を行っている以上、二酸化炭素などをまったく排出しないことは不可能ですから、排出量と吸収量・除去量を差し引きゼロにしようということです。このことは2050年までに「脱炭素社会」になるということを意味します。

安倍政権時代は「2050年までに80%削減、今世紀後半のできるだけ早期に脱炭素社会を実現」を目標としていたのですから、菅首相は、EU(欧州連合)などからみれば遅れたものの、脱炭素社会の実現に向けて大きく一歩踏み出したといえましょう。

このことは100年以上続いた「石油文明」からの大転換を意味します。当然、産業構造も経済社会システムも抜本的な変革を迫られます。必然的に脱炭素社会の構築に向けて技術革新を中心にさまざまな投資活動が盛り上がるはずです。そうなれば日本経済はコロナ禍による経済的打撃から抜け出し、その後の持続的な経済成長に結びつく可能性があります。地球環境にやさしいグリーンな経済発展が期待できる、というわけです。後で述べるように、カーボンニュートラルはいまや世界の大きな潮流になっていますから、グリーンリカバリーという考え方も先進国中心に世界に急速に定着してきています。アメリカのオバマ政権時代にリーマンショック(2008年9月)による世界同時不況からの脱出策として唱えられたグリーン・ニューディールもグリーンリカバリーの考え方が根底にあるのです。

「パリ協定」遵守が至上命題

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それではなぜ2050年までに温暖化ガスの排出を実質ゼロにする必要があるのでしょうか。2015年12月、パリで開催された第21回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP21)で、途上国を含むすべての国が履行の義務を負う「パリ協定」が採択されました。これは1997年の「京都議定書」以来の温暖化防止に向けた国際的枠組みです。この「パリ協定」では、「世界の平均気温の上昇を産業革命前と比較して2℃より十分低く抑え、1.5℃に抑える努力を追求する」ことが大目標に掲げられました。その達成のためにIPCC(気候変動に関する政府間パネル:各国の科学者の集まり)が示す科学的根拠に基づいて、「21世紀末のなるべく早い時期に世界全体の脱炭素化を実現する」ことが、長期目標として定められています。

2018年に発表されたIPCCの特別報告書によりますと、世界の平均気温はすでに産業革命前に比べ人間活動による温暖化ガス排出によって1℃上昇しており、このままの経済活動が続けば早ければ2030年には1.5℃上昇する恐れがあるということです。

このような状況を踏まえてEU(欧州連盟)は、カーボンニュートラルの実現目標時期を2050年とする方針を掲げ、同調するように各国に働きかけました。現在では日本、アメリカを含む世界124か国が賛同する宣言を出しています。最大排出国の中国は「2060年までに実現する」としています。

高い「2030年目標」に向けて

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さらに、「パリ協定」は、2050年までの中間点である2030年時点での温暖化ガス削減目標の設定とそのための計画を2020年末までに策定するよう各国にも求めていました。しかし、協定批准国190カ国・地域のうち提出したのは日本を含め75カ国・地域にとどまり、国連気候変動枠組条約事務局は、「現状の目標ではパリ協定の達成にはほど遠い」という報告書を2021年2月末に発表しました。アメリカや中国は提出せず、日本は「30年度の温暖化ガスの排出量を2013年度に比べて26%削減する」という従来の目標を変えていません。なおEUは「1990年比55%削減」という高い目標を提示しています。

これを受けて、4月下旬、「パリ協定」への復帰を宣言したアメリカのバイデン大統領の呼びかけで気候変動サミットが2日間にわたってオンラインで行われました。今年11月にイギリス・グラスゴーで開催されるCOP26で各国の削減目標の引き上げが議論されることになっていますが、それに向けての準備会合でした。ここで注目されたのは、菅首相が「2013年度比46%削減」いう思い切った削減目標を提示したことです。これまでの26%削減とは大違いです。アメリカも「2005年比50~52%削減」と意欲的な目標を掲げました。

世界の経済社会は、「カーボンニュートラル」「脱炭素」という明確な目標の達成を目指して走り出すに違いありません。

グリーンリカバリーは「成長戦略」

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日本は昨年12月末に「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」という報告書を公表しています。この報告書では「温暖化への対応を、経済成長の制約やコストとする時代は終わり、国際的にも、成長の時代ととらえる時代に突入したのである」という問題意識のもとで「経済と環境の好循環」を作っていく産業政策が、グリーン成長戦略である」と定義しています。

日本政府は、民間企業の環境投資を促進するために2兆円の研究開発基金を創設し、野心的なイノベーションに挑戦する企業を今後10年間、継続して支援していく方針を打ち出しています。さらに現在、企業に蓄積されている240兆円の現預金の活用も視野に入れているようです。

これに対し、アメリカのバイデン大統領は政権1期目の4年間で総額2兆ドル(約210兆円)を環境インフラ投資に向け、数百万人の雇用を生み出すというきわめて野心的な計画を明らかにしています。EUも同様な環境投資強化策を打ち出しています。

以上のようにグリーンリカバリーに向けて各国政府が具体的に動きだしていますが、これには国連のSDGs(持続可能な開発目標)に向けた行動が世界各国の社会、政府、企業に浸透してきていることが大きく影響していると考えられます。カーボンニュートラルやグリーンリカバリーの考え方が受け入れられる土壌が形成されてきているのです。

そのうえで注目したいのは、投資ファンドなどを通じて世界のお金が脱炭素を目標に動きだしたことです。内閣府の報告書にも「3,000兆円ともいわれる世界中の環境関連の投資資金を我が国に呼び込む」としています。きわめて重要なテーマですので次回以降に触れたいと思います。

内田茂男

内田茂男(うちだ・しげお)
学校法人千葉学園理事長。1965年慶應義塾大学経済学部卒業。日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、2000年千葉商科大学教授就任。2011年より学校法人千葉学園常務理事(2019年5月まで)。千葉商科大学名誉教授。経済審議会、証券取引審議会、総合エネルギー調査会等の委員を歴任。趣味はコーラス。

この記事に関するSDGs(持続可能な開発目標)

SDGs目標7エネルギーをみんなに そしてクリーンにSDGs目標8働きがいも 経済成長もSDGs目標9産業と技術革新の基盤をつくろうSDGs目標11住み続けられるまちづくりをSDGs目標12つくる責任 つかう責任SDGs目標13気候変動に具体的な対策を
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