元日本経済新聞論説委員の内田茂男学校法人千葉学園理事長が、11月3日に行わるアメリカ大統領選挙についてSDGsの視点で解説します。
市民の関心は「リーダーシップ」「コロナ」
今回の選挙は、共和党のジョージ・ブッシュ(父)が、経済回復を訴え、それまで優勢と伝えられていた民主党のマイケル・デュカキス候補を破って当選した、1988年大統領選挙の再来だ、という見方があります。
たまたまこの大統領選の選挙日の直前、10月末から11月にかけてアメリカに出張していたのでよく覚えています。 シカゴ・オヘア国際空港からタクシーに乗ったのですが、車中、同じ方向だということで乗り合わせた2人の中年のアメリカ人男性の間で、どちらが勝つか、それこそ口角泡を飛ばさんばかりの議論となり、挙句の果てに筆者も引っ張り込まれてしまいました。
熱心な議論には驚かされました。1年半にわたって選挙戦が戦われるのですから当然といえば当然なのでしょう。余談ですが、議論に参加したおかげで、先に降りたわたしの運賃を2人がおごってくれました。
このときの選挙とどこが似ているのでしょうか。
"It's the economy, stupid!"(問題は「経済」なんだよ、諸君!)。1992年の大統領選で民主党候補クリントン陣営の選挙対策委員長の事務所に掲げられていた標語です。標準的な経済学の教科書として世界的ベストセラーとなったN.G.マンキューの『マンキュー マクロ経済学1』で紹介されて有名になりました。
このようにアメリカの大統領選挙では、経済はよくなるのか、自分の生活はどうなるのか——有権者の関心はもっぱら「経済」だったのです。実際、92年の大統領選では、湾岸戦争に圧勝し、第二次大戦では空軍の戦闘機パイロットとして日本の零戦と戦った英雄であった現職ブッシュが絶対優位とみられていた(『幻想の超大国アメリカの世紀の終わりに』D.ハルバースタム著)のですが、新顔クリントンに敗れたのです。
今回はどうでしょうか。どうも88年選挙と同様、「経済」が争点にならない可能性が出てきたのです。88年選挙では、ブッシュ陣営は苦手な経済政策論争は避け、「デュカキスは左寄りだ」と印象付けて中道派の抱き込みに成功したとみられています。
10月17日付の日本経済新聞は、「今回の選挙で有権者がどんな点を重視しているか」、9月のギャラップ調査の結果を紹介しています。それによりますと、失業率が戦後最悪状態にあるにもかかわらず、有権者の関心は、「リーダーシップの欠如」「コロナウイルス」で全体の半分を占め、通常は過半を占める「経済が最重要」はわずか9%だったというのです。
共和党か民主党か、の2極化が先鋭化し、コロナ不安が高まっている状況下で、トランプ氏への不満と「強力なリーダー」への渇望が色濃く出ているのかもしれません。
対立するSDGs政策と医療福祉政策
経済成長論や経済開発論で知られるアメリカ・コロンビア大学のジェフリー・サックス教授が主宰するSDSN(Sustainable Development Solutions Network)が、各国のSDGsの達成状況を調査した報告書「Sustainable Development Report 2020」を6月に公表しました。
それによりますと各種関連指標の統合指標の国別ランキングの上位は以下です。(1)スウェーデン (2)デンマーク (3)フィンランド (4)フランス (5)ドイツ (6)ノルウェイ (7)オーストリア (8)チェコ (9)オランダ (10)エストニア。日本はアジアで一番ですが、世界では17位、アメリカは31位にとどまっています。
トランプ大統領は2015年9月に国連加盟国の合意で採択されたSDGs(持続可能な開発目標)に熱心ではないことはほとんど明らかです。ここでは今度の大統領選の結果に大きく影響される気候変動への対応と、医療福祉政策の要であるいわゆるオバマケアに絞ってみてみましょう。
SDGsの2030年までに達成すべき17の目標のうち目標7は「エネルギーをみんなにそしてクリーンに」、目標13は「気候変動に具体的対応を」を掲げています。周知のように衰退した石炭・石油産業の活性化を重要な政策として掲げるトランプ大統領は、地球温暖化はデマだと広言し、世界の温室効果ガス排出量を実質ゼロとする目標を掲げた「パリ協定」(2015年採択)から離脱することを国連に正式に通知しています。
アメリカは1997年の「京都議定書」締約国からも外れた歴史を持っていますが、二酸化炭素排出量で中国に次ぎ世界2番目のアメリカがパリ協定からはずれれば地球の将来は危ういといわざるをえません。
もう1つはオバマケア(医療保険制度適正化法)問題です。アメリカではオバマ政権で、すべての国民が医療保険に加入しやすいように支援する制度を構築しました。これがオバマケアといわれるものです。
トランプ政権は6月に、このオバマケアの廃止を連邦最高裁判所に要請しています。SDGsは目標3で「すべての人に健康と福祉を」とうたっていますが、新型コロナウイルス感染症でまだ医療保険に加入できないでいる多くの低所得層が苦しんでいるにもかかわらず、SDGsを無視しようとしているわけです。
SDGsに否定的なトランプ政権の態度は、世界的に浸透し始めた金融・証券市場でのESG(環境・社会・統治)投資にもカゲを落としています。アメリカ最大の投資ファンドであるCalPERS(カリフォルニア州職員退職年金基金)が2018年に、十分な利益を上げられないリスクがあるとしてESG投資に否定的な投資方針を打ち出しました。
さらに今年7月には労働省がERISA法(企業年金の受益者利益保護と受託者責任を定めた法律)について「ESG投資は労働者の退職後の金銭的保障に直結せず、受託者の忠実義務に違反する可能性がある」という新たな解釈を打ち出しています。
民主党のバイデン候補はトランプ政権の方針とはまったく逆な政策を提示していることはいうまでもありません。
世界は痛いほどつながっている
今回のコロナ・ショックほど、私たち一人ひとりが世界につながっているということを実感させられたことはありません。世界のどこかの誰かが新型コロナウイルス感染症にかかれば、ただちに自分の身に及ぶ危険があると身構えざるを得ないのです。
19世紀半ば、アメリカの民主主義制度の実態をつぶさに調査したフランスの政治思想家、アレクシス・トクビルは、国民から選ばれ、任期があるアメリカの大統領は権限が小さいから「名誉と生命を投げうって大統領になろうとした人間はまだ現れたことはない」と書いています。
しかし、いまは違います。当時と違って世界の超大国となったアメリカの大統領の行動は世界に甚大な影響を及ぼします。間もなく結果が出ます。
※本コラムは全3回の連載となります。次回は11月中旬に公開予定です。
内田茂男(うちだ・しげお)
学校法人千葉学園理事長。1965年慶應義塾大学経済学部卒業。日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、2000年千葉商科大学教授就任。2011年より学校法人千葉学園常務理事(2019年5月まで)。千葉商科大学名誉教授。経済審議会、証券取引審議会、総合エネルギー調査会等の委員を歴任。趣味はコーラス。
この記事に関するSDGs(持続可能な開発目標)
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