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コラム

遅くとも2050年までの脱炭素化は、日本のあらゆる企業において経営の大前提となっている。なぜならば、この方針が後ろ倒しされたり、撤回されたりする可能性は限りなくゼロに近いからである。そのため、中長期の経営戦略に自社の脱炭素化を織り込むことが、経営において急務になっている。

その動きはグローバル企業から始まり、サプライチェーンにある世界中の中小企業にまで及んでいる。政府の対応を待っていては、リスクは増すばかりである。

中長期戦略に不可欠

脱炭素化が企業経営の大前提として決定的になったのは、そのことが法律に明記されたからである。21年の地球温暖化対策推進法の改正で、「50年までの脱炭素社会の実現を旨」(第2条の2)とすることが決まった。菅義偉首相(当時)による20年10月26日の国会演説で、政府としての脱炭素方針は既に示されていたが、法律で規定されたことにより、政府・自治体のあらゆる法令・施策、主要な経済団体の方針もこれに基づいて決まることとなった。これに反することは、反社会的行為と見なされる恐れもある。

これから20~30年以内に脱炭素化することが既定路線である以上、中長期の経営戦略において脱炭素化を織り込んでおかなければ、大きな損失を出すことにつながりかねない。例えば、社屋や工場などの大規模な設備投資を行う場合、脱炭素化を考慮せずに進めれば、脱炭素化のための追加投資が政府や取引先に求められる恐れがある。それでも空調などの設備であれば、いずれにしても15年程度で更新する必要があるため、大きな追加投資にならないかもしれない。

しかし、建物の躯体や基本的な生産設備であれば、数十年にわたって使用することになるため、導入段階で脱炭素化を考慮していなければ、追加投資が莫大になってしまっても不思議でない。

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取引先企業も対応必要

既に脱炭素化に向けた動きは、グローバル企業から始まり、取引先の企業にまで及んでいる。最も知られた取り組みは「RE100」である。企業活動で用いるエネルギーをすべて再生可能エネルギーに置き換えることを目指す企業の集まりで、アップルやグーグル、ナイキ、アンダーアーマーなど370社以上のグローバル企業が加盟(22年8月1日現在)している。リコーやイオン、ソニーなど多くの日本企業もメンバーに名を連ねている。

こうした動きの特徴は、自社直営の施設や設備のみならず、サプライチェーン(供給網)全体に脱炭素化や再生可能エネルギー利用を求める点にある。それらの企業との直接的な取引がなくても、どこかでサプライチェーンに関わり、ある日突然、脱炭素化を求められる可能性がある。その見通しが立たなければ、取引の打ち切りの恐れもある。対応に不安がある企業は、脱炭素化を目指す日本企業の互助組織である「日本気候リーダーズ・パートナーシップ(JCLP)」などの専門機関に相談するといいだろう。

期待できない「夢の新技術」

経営戦略への反映や特段の対策を講じなくても、政府や「夢の新技術」が何とかしてくれるだろうと楽観するのは、極めてリスクの高い考え方である。政府にできることで最善の手段は、環境負荷(温室効果ガス排出量)の大きい製品・サービスの価格を相対的に高め、負荷の低い製品・サービスの価格を相対的に安くすること(カーボンプライシング)に過ぎない。その手段を用いないとすれば、補助金をばらまくことになる。カーボンプライシングを避け、補助金の財源も不足するとなれば、あとは企業の自助努力に任せることになる。

現在の産業構造を維持したまま脱炭素化を実現する「夢の新技術」は、その多くが研究開発の途上にあり、導入できるようになったとしても莫大なコストがかかると想定されている。政府の財政状況を踏まえれば、何とかなる可能性は極めて低い。

したがって、脱炭素化を大前提として経営戦略を全面的に見直すことが、全企業にとって急務なのである。

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田中信一郎(たなか・しんいちろう)
千葉商科大学基盤教育機構准教授。博士(政治学)。国会議員政策担当秘書、明治大学専任助手、横浜市、内閣官房、長野県などを経て、2019年から現職。専門は公共政策。著書に『国家方針を転換する決定的十年』『政権交代が必要なのは、総理が嫌いだからじゃない』(いずれも現代書館)、『信州はエネルギーシフトする』(築地書館)、共著に『国民のためのエネルギー原論』(日本経済新聞出版社)など。

【転載】週刊エコノミスト Online 2022年8月25日「「脱炭素化」はすべての企業に避けられない道」田中信一郎
(https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20220825/se1/00m/020/006000d)

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