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コラム

2021年、内閣官房に「孤独・孤立対策官民連携プラットフォーム」が発足した。新型コロナの感染拡大前から「生きづらさ」が社会問題として着目されてきたが、コロナの影響でより一層、社会状況の変化、生活の困窮化、人間関係の希薄化が進んでおり、官民が連携して問題に取り組むことが目的だ。「生きづらさ」の問題は、「孤独・孤立」化へと深刻化している。

困窮者を支えるのが「社会」

防ぐことができず、避けることのできない困難に、人は時に直面する。その時にこそ、社会の実力が問われる。社会には困窮者を支える手立てがなくてはならない。また、困窮者は声を上げることができ、困難から脱却する見通しが立てられなければならない。安心できる居場所があり、生活危機に陥らないための支援を受けられるのでなければならない。それが社会というものだからだ。

だが、そうできるかどうかは、すべて今のところ「人」に依拠している。人と人が助け合うことは人間社会の鏡であろう。だが、その困難と限界を超えてゆける未来こそが描かれなくてはならないはずだ。

問題は「声を上げられないこと」

「孤独・孤立」化する個人を、「だれ一人取り残さない」社会として、私たちに何ができるのだろうか。

多様な現実的課題とこれを克服する手立て・ファクターを結び付ける「ソーシャル・ウェルネス・ネットワーク」が必要である。より普遍的で有用性の高いセーフティーネット(安全網)の構築が急がれる。その際、要支援者と、支援のスムーズかつ適切な「接続可能性(アクセシビリティ)」の確保が重要である。対人・対面での支援提供には、まだまだ大きな負荷がかかっているからである。

しかし、孤独を感じ、孤立した人の元に、どのように「適切」な「支援」が届けられると言えるのだろうか。そもそも社会は孤立者に気づけるのだろうか。闇は深い。実は、「声を上げられないこと」「声を上げたいと思わないこと」が闇の根にあるのではないか。

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教育現場の使命と役割

社会構造や政治経済の情勢・時代潮流の波に押されて、教育の現場も右往左往している。だが、教育は本来、時代潮流に左右されない人間や社会の普遍性を公開するものである。各個人はそこで課題や問題を共有し、自分に必要な知識や技術を獲得し、相互に協力し連帯することで社会扶助を活性化する役目を持っている。こういう時にこそ、果たされるべき使命と役割が「普遍的な知の創造的拠点」たる教育機関にはあるのである。

過剰で不鮮明な情報に惑わされ、飲み込まれ、絶望し、孤立化する個人に対して、自分自身を助ける「道」が社会に常に開かれていなければならない。またそれを誰もが知っていなければならないし、いつでもどこでも接続可能でなければならない。それこそが、今日必要とされる、自己と他者を結ぶ「つながり」ではなかろうか。

「絶望」できる人間の可能性

「実存哲学の父」と呼ばれるデンマークの哲学者キルケゴールは『死に至る病』の中で、「人間が知るべきことは絶望であり、絶望することのできる人間自身に宿された可能性にこそ自ら気づけなければならない」と訴えている。

ともすれば人は、世の中や他者からの要求に応えられない自分は無意味で無価値な存在だと決め込んだり、あるいは種々の立場から勝手な都合を押しつけてくる他者や習俗に対して、排除すべき対象だと思い込んだりする。孤独を極め、孤立し、自己を閉鎖する。神を信じることもできない。絶望の中で自己は端的に救われるものではない。そこで真に見いだされなければならないのは、自分自身を生きる「可能性」であると彼は言う。そして、自分自身の可能性を支える関係を自ら見極め、その関係そのものへと自分を赴かせるべきだというのだ。

孤独と孤立にあってもなお、自らのうちに見いだされなければならないものとは、外的要因ではなく、自分自身の存在の可能性であり、また、それを真に支える関係性なのである。それに気づくことができたなら、自身を生かす関係に向かってできること(可能性)が、まだ残されているはずなのだ。

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枡岡大輔(ますおか・だいすけ)
千葉商科大学基盤教育機構准教授。1978年生まれ。明治学院大学大学院国際学修士、早稲田大学大学院学術修士、同博士課程修了。東京工芸大学、帝京平成看護短期大学、千葉商科大学で非常勤講師、大阪経済法科大学アジア太平洋研究センター客員研究員、千葉商科大学専任講師を経て、2022年4月から現職。専門は哲学、現象学。共著に『知識ゼロからの哲学入門(デカルト・キルケゴール)』(幻冬舎)など。

【転載】週刊エコノミスト Online 2022年8月25日「哲学者キルケゴールに学ぶ、「孤独でも一人じゃない」社会」枡岡大輔
(https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20220719/se1/00m/020/071000d)

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