7月10日、参院議員選挙が実施された。今回の選挙では、安倍晋三元首相が選挙応援中に銃撃され、命を落とすという前代未聞の事件が起きた。事件の全容はこれから解明されていくに違いないが、それはともかくとして、政治家の視点に立てば、選挙期間中の自らのリスクを再認識したことだろう。どうしても、自分の命を狙っているかもしれない人間を含んだ不特定多数の有権者たちと、近い距離でコミュニケーションを取らざるを得ず、選挙活動は危険と隣り合わせである。そのリスクをあえて引き受けるのは、今後の自分の人生の4年または6年がかかっているからこそであろう。
長すぎる議員任期
他方、有権者からすると、自分たちの意思を政治や社会に反映させるには、4年または6年という議員任期は長すぎであり、ある種の不満をもって投票をすることを余儀なくされている。
「アベノマスクは愚策だったが、アベノミクスは支持する」「あの政策提案は良いと思うが、4年という任期を考えるとあの政党には票が入れられない」というように、ほとんどの有権者が、全面支持できる政党なり政治家はいない中で、誰かに票を投じることを強いられている。こうした選挙システムの中で、有権者も政治家もともに不具合を感じつつも、踊らされている現状がある。
この選挙システムが今後、変わっていくかどうかはわからない。しかし、いずれにせよ、社会に自分の意思を反映させる手段は決して選挙だけではない。多様な手段が発見され実践されているが、昨今、注目されてきているのは「エシカル消費」である。
広がるフェアトレード認証
エシカル消費とは、環境・社会問題の解決への貢献を意図した購買活動の総称である。消費を通じて政治・社会を変える、これがエシカル消費の力である。私たちは消費者であって、消費行動は毎日行っている。消費を通じた意思表示は、4年または6年周期ではなく毎日なされるものであり、その点で優れている。
昨今、認知度を高めているのはフェアトレード認証商品であろう。代表的なものはチョコレートであるが、チョコレートの原料であるカカオ豆の世界の主要生産国は、ガーナとコートジボワールである。これらの国のカカオ農園では児童労働の形態が見られる。
その背景は、カカオ豆の国際価格の下落とともに、農園の人件費削減のために、無報酬で働く児童を必要とする環境が生じてしまっていることがある。この状況を改善するために、カカオ豆が市場価格ではなく、生産コストにさらに上乗せした「公正」(フェア)な価格で取引しようとするのが、フェアトレードの基本的な発想である。必然的に、相対的に高めの価格でカカオ豆を購入している以上、フェアトレード認証のチョコレートの価格は相対的に高めになる。
「買わない」より「買う」意思表示を
しかし、人権がないがしろにされる社会は望ましくないと考える消費者は、自分の意思を表明するために、フェアトレード認証のチョコレートを購入するはずである。実際、日本においてもフェアトレード市場は確実に成長してきており、共感する消費者が増えてきていることが裏付けられる。それとともにフェアトレード認証商品を取り扱う企業の数も増加してきている。
以前は、政治的・社会的意思表示をしたい消費者に与えられた選択肢は多くはなく、不買行動くらいしかなかった。しかし、「買わない」という意思表示をするよりも、「こういう商品であれば買う」という意思表示をした方が、企業に変化を促す力が大きいはずである。一昔前は消費者の側に圧倒的に選択肢がなく、不買行動しか取れなかったのに対し、昨今はフェアトレード認証商品などが身近になり、確実に消費者の側に選択肢が与えられ、消費者の自由度も高まってきた。消費者のシチズンシップ(市民性)は状況が整いつつあり、社会変革の力として、今後ますます重要になってくるのではないだろうか。
影浦亮平(かげうら・りょうへい)
千葉商科大学基盤教育機構准教授。1981年愛媛生まれ。京都大学総合人間学部卒業後、ストラスブール大学(フランス)で修士課程、博士課程を修了。博士(哲学)。稲盛財団、京都外国語大学、クエンカ大学(エクアドル)等を経て、21年から現職。専門は哲学・倫理学で、理論・応用両面の研究を進めている。昨今は、SDGsやビジネス領域への研究関心を深めている。
【転載】週刊エコノミスト Online 2022年7月19日「「エシカル消費」が政治や社会を変える力に」影浦亮平
(https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20220719/se1/00m/020/071000d)
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