コラム
政府のカーボンニュートラル宣言を契機に、多くの企業が脱炭素化に取り組み始めた。内閣府が2022年に外部委託により実施したアンケート調査「カーボン・ニュートラルが企業活動におよぼす影響について」によると、21年に取り組みを開始した企業が最も多く、成果を伴う本格的な活動までにはまだ時間がかかることが予想される。にもかかわらず、最近ではすでに「脱炭素疲れ」「SDGs疲れ」といった言葉が聞かれるようになり、脱炭素化やサステナビリティへの取り組みに対してプレッシャーを感じている人たちも出てきたと聞く。
教育に企業が留意すべき2点
ではなぜそのようなことが起きているのだろうか。一つの要因として、人材教育の方法が挙げられる。企業も取り組みを担う人材が課題だと認識している。前述のアンケートによると、最も影響が大きい課題として「必要なノウハウ、人員が不足している」と回答した企業(回答企業550社の38.2%)が最も多く、2位の「投資・運営コスト増への対応が困難である」(同30.4%)を上回る。取り組みを牽引する人材をこれから育てる組織にとって、どのような教育をすれば息切れさせることなく活動を持続させることができるだろうか。
脱炭素やサステナビリティの取り組みで、成果をあげられる人材を育成するために企業が留意すべきことは2点ある。一つ目は教育内容の順序であり、二つ目は教育対象者の範囲である。
「気づきから行動」の順序が重要
まず教育内容の順序に関して、環境教育の研究でわかってきたことは、「気づきから行動までの連続性が重要だ」ということである。「気づき」とは自然の大切さや自然と人間の関係を理解することで、「行動」とは環境に貢献する具体的な取り組みを指す。森や海に出かけて心が洗われるような感覚を持ったり、小鳥のさえずりを聞いて心が落ち着いたりしたことがある人は多いだろう。このような自然の恩恵やありがたさを感じる余裕を与えることなく、自分たちの行動が環境破壊の要因になっているという罪の意識を強調したり、環境問題の過酷さを突きつけたりするだけだと、その後の取り組みにマイナスの影響をおよぼすと、複数の研究が指摘している。
サステナビリティの考え方や価値観を体系化したイサベル・リマノージー博士らの研究では、サステナビリティを率先して推進できているリーダーたちには、ある共通点があったという。まず自然の恩恵を感じ、自然界の仕組みや人間の営みとの関連を理解し、地球を尊重する価値観や倫理的動機を持つようになる。さらに、環境問題を分析し、個人の責任を感じて環境的な行動をとるようになるというような、気づきから行動に至る過程があることがわかった。
そして、その順序が重要なのだ。企業におけるサステナビリティ教育においても、この順序に配慮せず、達成目標と期限を与えて行動だけを強いると、社員は活動自体にネガティブな印象を持ち、意欲を失う可能性がある。
管理職も含めるべき
サステナビリティ教育に大切な二つ目が、教育の対象者だ。脱炭素やサステナビリティの担当部署だけでなく組織全体、特に意思決定に関わる管理職を含めることが重要である。施策の実行側と投資判断をする管理側の考え方が異なると、活動が滞ってしまう。
筆者が勤務する千葉商科大学では、「自然エネルギー100%」を達成した経緯があり、他の大学だけでなく企業や自治体などからも脱炭素化の相談をよく受ける。しばしば聞かれる推進担当者の悩みには、組織の意思決定基準への違和感がある。例えば、長期的視点で環境目標を達成するために太陽光発電設備や省エネ設備の導入を検討しているが、組織の設備投資基準が「5年で費用を回収できること」になっており、その基準を満たすことができないというようなケースである。
この担当者の「長期的視点」は、サステナビリティの基本的な考えの一つである。私たちの世代ために将来の世代を犠牲にしてはならないという世代間の公正は、サステナビリティの定義そのものである。
このような考え方は、担当部署だけでなく組織全体に浸透させなければならない。脱炭素やサステナビリティという長期的視点をもって社会や環境への価値創出を目指す検討を指示されたにもかかわらず、短期的な経済価値による基準によって施策を評価されると、担当者はその矛盾に戸惑ってしまう。
従来の考え方や基準を組織全体として変えることは容易ではない。経済価値を維持しつつ環境価値を創出するには相当の工夫が求められる。しかし、イノベーションを生み出す好機としてこれを捉えることができれば、組織はさらに発展できるであろう。
手嶋進(てしま・すすむ)
千葉商科大学基盤教育機構准教授。1963年福岡生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業後、アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)に勤務。95年ロンドンビジネススクール(MBA)卒業後は、ITコンサルティング会社の執行役員、ウェブ解析ソフトウェア企業の取締役副社長、再生可能エネルギー事業開発会社の取締役など複数のベンチャー企業の経営に携わる。2019年から現職。専門はサステナブル経営、アントレプレナーシップなど。
【転載】週刊エコノミスト Online 2022年9月27日「脱炭素の取り組みを成功させる人材育成のヒント」手嶋進
(https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20220927/se1/00m/020/075000d)
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