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コラム

生産緑地法とは

2022年に住宅地の中にみられる農地が大量に住宅地化し、土地の価格が下落するのではないかという懸念の声がここ数年、土地の専門家を中心に聞かれます。その問題を左右するキーワードが「生産緑地法」と呼ばれるもので、三大都市圏における市街地・住宅地に存在する500m2以上の農地に適用されてきた法律のことです。一般に都市に居住する人々の住宅地には、土地や家屋等に固定資産税が課せられています。しかし、生産緑地として認められた市街地内の農地には、これらの宅地並み課税が免除され、なおかつ相続税の納税猶予が認められているのです。なぜ、生産緑地内の農家・農地には都市内住宅地と同額の税が課せられないのでしょう。そこには、住宅地が生み出す資産価値と農地が生み出すそれとの間に桁違いの開きがあるからです。

一例をあげて説明しましょう。Aさんという農家が1,000m2(=10a≒約300坪)の農地を利用して1年間キャベツを生産したとします。日本の平均的なキャベツの10a当たり所得は約20万円位(農林水産省農林水産統計)です。この農地と同じ面積を持つBさんがアパート経営を行ったとしましょう。少なくともこの面積でしたら最低でも2棟は建ちますね。1棟当たり5家族が入居したとすると、10家族分の家賃収入が得られます。かりに1家族の家賃が1か月当たり5万円とすると、1か月で50万円、1年間(12か月)で600万円の家賃が入ります。減価償却費やメンテナンス費等に1年間に20%かかるとしても、年間に500万円の所得が入ることになります。野菜に限らず、単位面積当たりの農業地代(米や麦はもっと低い)は都市地代と比べるとその足元にもおよばない位低いのです。この農地に住宅地と同じ課税をしたら、農業は成り立たなくなります。もともと農業と他の産業は性格が違うので、土地の広さから得られる収益を同一の次元で比較することは意味がありません。

生産緑地法成立の時代背景

昭和の戦後期、特に高度経済成長期からバブル経済期は通勤圏が拡大し、都市に通勤する人達の宅地が不足する時代でした。もともと、都市の土地利用の用途を決める1968年の都市計画法では、住宅不足を解消する目的で市街化区域内にある農地は10年以内に宅地化を促進させることが決められていたのです。しかし、市街化区域内でも農業を引き続いてやりたいという農家には、例外的に農業生産を継続してもよいという法律を作りました。それが1974年に施行された生産緑地法でした。

この時代、都市で働く人々は住宅不足に苦しみました。その一方で生産緑地に指定された農家は、農地として保持し続ける期間、宅地並み課税を免れながら、住宅地として高く売れそうになった時に農地転用を行い、高い不動産所得を得ようとする傾向がみられ、地価の高騰が続きました。そこで政府は、1991年にこの生産緑地法を厳格に運用させることで、これらの農家に農業をあきらめさせて宅地供給を促そうとしました。その主な内容は、生産緑地として認められるには、ここから30年間にわたって農業を行わなければならず、その間は農地転用を認めないという厳しいものでした。思い切って農地転用して宅地として売却するか、それとも今後30年間農業を行うかの二者択一が迫られ、多くの農家が農地を手放しました。そしてこの時、本気で農業の継続を選択した農家が、今の生産緑地法のもとで農業を営んでいる人たちなのです。しかし、あの時からすでに今年で27年の歳月が経過し高齢化も進んでいます。2022年には、30年間の営農義務期間を終了した農家が宅地化を進めることが出来るようになるのです。

地価下落による資産減少のおそれが発生するかも?

ところで、今は人口減少社会で経済は低成長の時代ですね。住宅地の需要は減少し、バブル期の頃に比べると都市の地価は大幅に下落しています。ちなみに千葉県の生産緑地面積は約1,134.2ha(平成28年12月31日現在)も存在します。この大きさは東京ドーム(インフィールド)の規模にして約1,100個分の広さに匹敵します。もし、これらの農地が住宅地に供給されてしまうと、千葉県内における都市内の地価がさらに大きく低下するおそれがあります。地価の極端な下落は不動産を中心とした資産価値の大幅な減少につながります。それだけではありません。新しい住宅地には上下水道をはじめとする都市のインフラ整備が求められますから、既存の市街地との間で再整備が必要となるかもしれません。地方の自治体にとっても新たな形での財政支出が求められるおそれもあります。

この問題を乗り切ると見えてくること

昨年、政府はこの生産緑地法を改正し、新たに「特定生産緑地」を設けました。この特定生産緑地の指定を30年間の期限が切れるまでに農家が受ければ、これまで通り固定資産税の軽減が継続され、相続税の納税猶予の適用も受けられるようにしたのです。また、生産緑地の指定面積用件を従来の500m2から300m2まで引き下げることにしました。小規模でも生産緑地を維持できれば市街地農地の減少に歯止めがかけられるとの考えからです。そしてこれまでは農業生産しか許可されなかった生産緑地に、農産物の販売所、地産地消のカフェ・レストラン等の設置が可能となりました。これに加えて農業のみではない選択の幅を広げる方向性が打ち出されたのです。農業以外の土地利用の選択肢とは、営農継続の難しい農家を対象に、災害時の避難場所指定、シニア層に希望の多い市民向け有料農園の貸し出し、あるいは学校教育と結び付けた農業体験のための利用等が考えられます。これまで都市住民に関心が持たれなかった生産緑地は、2022年を機会に地域コミュニティーとのかかわりを強めるなかで税の優遇を受けるという、新たな都市空間に代わる可能性が出てきました。

おわりに

私たちの居住する住宅都市は、昭和戦後の高度経済成長期やバブル経済期における宅地需要のある高地価の時代から、平成期に入り低い経済成長と人口減少のもとで、低地価の時代へと変化しています。移り変わる社会経済のなかで、地域は時代に対応した法律のもとで新しい土地利用形態がつくられていきます。私たちの身の回りの「土地や地域」は、それぞれの時代背景をもとにした社会経済条件を映し出す、まるで「鏡」のような存在なのです。

解説者紹介

田野 宏教授

[商経学部教授]
田野 宏 TANO, Hiroshi
[専攻]
地理学、経済地理学

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