少子高齢化に、未婚率・非婚率の高止まり、そして単身世帯の増加とともに、私たちが暮らす地域のつながりは、さまざまな原因で希薄になってきています。その一方、数多くのNPOやボランティア団体が、住民のwell beingをめざして、精力的に取り組み始めているのも事実です。地域社会に人々の居場所を取り戻すことをめざしたその活動は、「誰一人取り残さない」というSDGsの理想とも重なります。本学の「市民活動サポートプログラム」を受講し、地域づくりの最前線で活動している皆さんに、市民活動の今についてうかがいました。
延嶋朋美さん 株式会社市川ビル勤務。広報担当(写真右)
楠本慶彦さん「一般社団法人超普通」所属(写真左)
[ファシリテーター]
朽木量 千葉商科大学 政策情報学部教授(写真中央)
朽木教授:まずはお二人の活動について、教えてください。
延嶋さん:私は市川市にある、ビル運営会社の広報部に勤務しています。もともと地域密着型の会社で、街づくりにも長年熱心に関わってきました。2003年には行政の支援で、「市川駅北口振興整備計画策定懇談会」を立ち上げ、その後名称を「元気! 市川会」に替えて、行政や地元の企業、住民の皆さんと共に活動しています。
朽木教授:勤務先の会社自体が、「元気! 市川会」を通して、街づくりに貢献しているわけですね。
延嶋さん:企業としての社会貢献活動は、もう20年くらい続いていると思います。以前、駅の北口は、「駐輪無法地帯ワースト20」にランクインする状態だったのですが、行政と協力して改善したそうです。 駅を利用する人が、雨に濡れずにバスやタクシー乗り場に行けるシェルター(天蓋)や、防犯カメラを駅前広場に設置したり、花壇を整備したり、イルミネーションを活用したりと、駅周辺の美化と安全に力を入れています。
朽木教授:楠本さんが取り組んでいるのは、「ご当地アニメ」とか。
楠本さん:千葉県を中心に、「ご当地」にフォーカスした漫画やアニメ、動画などを制作して、街の活性化、魅力度や知名度の向上を目指しています。 これまでに、自分が住んでいる柏市をはじめ、松戸市、鎌ケ谷市、千葉市、我孫子市、印西市、そして千葉県全土を舞台に、ご当地作品をつくってきました。いずれもYouTubeで見ることができます。市の広報誌や新聞で取り上げてもらうこともあり、テレビ放送させていただきました。 活動自体は10年ほど続いていて、これまでは市民公益活動団体の「できる街プロジェクト」の名前で活動していて、昨年、法人化しました。
朽木教授:「できる街プロジェクト」って、どういう意味ですか。
楠本さん:みんなの「やりたいこと」が実現できる街にしよう、という意味を込めています。初日の出に合わせてコスプレで駅前の清掃活動をやってみたい。ご当地紹介活動に参加して、取材記事を書いてみたい。ご当地アニメで声優に挑戦したい。自分一人ではできなくても、みんなと一緒なら、できることはたくさんあります。
人、モノ、金、情報——市民活動で不足しがちな4要素
朽木教授:活動をしていて、難しいと感じることはありますか。
楠本さん:「こういうことをやりたい」と言い出した人が、案外、活動の中心になってくれないのです。それで「やりたい人」が主体的に活動できるよう、資金の集め方、助成金への申請方法、一緒にやる仲間集め、お客さん集めなどを一緒に考え、アシストするようにしました。具体的なプロセスがわかると、活動しやすくなるようです。
朽木教授:延嶋さんはどうですか。
延嶋さん:限られた資金をどう生かしていくかで、頭を悩ますことはありますね。行政との関係では、たとえば防犯カメラを新しく設置しようとしても、申請から許可が下りるまで、とても時間がかかります。なかなか物事が動かず、一苦労です。
楠本さん:うちの場合は人材も課題です。大学生のメンバーが社会人になれば、前ほど時間の自由がきかなくなります。独身のメンバーが結婚しても、同じ問題が発生します。子育てが終わったお母さんたちなら、比較的、時間が自由になるかな、などと模索しているところです。
朽木教授:どんな活動をするにしても、不足しがちなのが、「人、モノ、金、情報」の4つなんですよ。だから本学としても、この4つをなんとか提供していきたい。 まず「人」ですが、大学には専門家である「教員」と、現場の力になりえる「学生」という、2種類の「人」がいます。状況に応じて、住民との協働は可能でしょう。 「モノ」に関しては、本学では、ノートPC、プリンタ/コピー機、プロジェクタなどを完備した、「地域活動推進室(CUCリンクルーム)」を提供しています。地域活動に関わる方は、登録すれば利用できますよ。 それから「金」ですが、本学には「地域志向活動助成金」という、他大学に先駆けた助成金制度があります。延嶋さんたちが手掛けたイベントや、楠本さんの「ご当地アニメ」にも、役立てていただきましたね。 4つ目は「情報」ですが、大学はもともと専門情報・先端情報の集積地です。しかも本学は商科大学ですから、会計や組織経営に関する知識や情報の提供はお手のもの。「CUC市民活動サポートプログラム」を通して、ぜひ必要な知識を仕入れてください。
住民や行政とのWin-Winの関係が、息の長い活動を実現する
朽木教授:地域の人たちとの関係づくりについて、思うところをお聞かせください。
延嶋さん:市川はお祭が多い市です。10月の市川まつり、11月の市川市民まつり、夏には市川ビールワインまつりを筆頭に、各自治会の夏祭りや盆踊り、花火大会、神社の祭礼が続きます。学校や自治会の文化祭も盛んです。ビルの壁面には情報発信というポスターを設置する掲示板があり、その掲示板にポスターを貼って欲しいという要望が多数寄せられます。おもしろいのは、私が掲示板のポスターを貼り変えていると、「へえ、今度はこんなイベントがあるの?」と、地元の方が声をかけてくださることです。そのまま少しおしゃべりをして、情報交換をすることもよくあります。
朽木教授:地元の催しに関心をもってくれているのでしょう。よい関係ですね。
朽木教授:ご当地アニメの制作に参加した、声優志望のアマチュアの子が、その後声優事務所に入ったんです。するとそれをきっかけに、「できる街プロジェクト」で、テレビ用の作品を制作してほしいと依頼が舞い込み、実際に作ったことがあります。ものごとって、こんなふうに広がっていくんだなと思いました。
朽木教授:出会いや繋がりは、どんな活動でも重要ですね。今のお話は、象徴的だと思います。 延嶋さんの会社の社長さんは、「地域活動も、Win-Win でなくてはいけない」と、よくおっしゃいます。これは真実で、誰かのためにがんばっても、まったく見返りがなければ、活動は長続きしません。 ただ、Win-Winの中身は、必ずしも、お金や物質的なものである必要はありません。やってよかったという充実感や達成感、楽しい経験や感動。活動をきっかけに、新たな出会いや、新しい仕事と出会えること。どれも立派なWin-Winの要素です。
わが街にしかない、「ヴァナキュラーな価値」を見つけよう
朽木教授:お二人は、地元である市川市や柏市を、どのような街にしたいと思いますか。
延嶋さん:市川市は、人口自体は減っていません。でも若い人が千葉や東京へ出て行ってしまうので、高齢化が進んでいます。もっと若い世代が定着し、活気ある市川市になるといいなと思います。そのためにできることとして、婚活や合コンなどは、市と連携して考えていく必要がありそうですし、子育て支援についても同様でしょう。
楠本さん:私たちが作ったアニメを見て、たくさんの人が遊びに来てくれると嬉しいですね。アニメに出てきたあのお店、あのスポットに行ってみたい。あの景色が見てみたい。あのコロッケを食べてみたい。そんな‘聖地巡礼的’な楽しみ方ができる作品を、作っていきたいです。
朽木教授:これからの街の活性化は、「差別化」がキーワードです。その土地にしかない価値を、「ヴァナキュラー(※)な価値」といいますが、それをいかに見つけて、いかに売っていくかがカギになります。 たとえば延嶋さんたちが、防犯カメラを随所に設置すれば、安全な街・市川という特色が打ち出せるでしょう。楠本さんは、アニメというプラットフォーム上に、柏、鎌ヶ谷、我孫子と、各市のヴァナキュラーな価値を掬い上げて見せてくれています。 一方、大学には近隣のさまざまな地域から人が集まります。つまり大学は、複数の地域を俯瞰して、それぞれのヴァナキュラーな価値を指摘しやすい存在なのです。街づくりでも地域活動でも、産官学民がそれぞれの強みを活かし、力を合わせて成果を上げていきたいですね。
※ ヴァナキュラー vernacular。特定の民族、土地、共同体、時代に特有のものや様式。その土地固有のことば、建築様式、疾病など。
この記事に関するSDGs(持続可能な開発目標)
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