コラム
GDP統計において把握が困難なものを数値化するコスト積み上げ方式と帰属計算。算出する「境界」は時代とともに移り変わる。
問われる「規模」と「変化」の調和
国内総生産(GDP)は、農林水産業からサービス業までのさまざまな産業の生み出した付加価値を合計したものであるが、業種の性質に応じて基礎統計から出荷額や売上額を集計して作成される部分と、市場で取引されないために明確な価格がなく一定の仮定をおいた方法で作成される部分とがある。今回はGDP統計における市場で取引されない活動の扱いについて考えてみたい。
費用を合算、相場で推計
財・サービスの生産などが行われてはいるが、それが市場で取引されないために取引額を直接把握することが困難なとき、何らかの代替的な方法で生産額を推計する必要がある。代表的なものとして、警察や消防などの政府・非営利サービスで用いられるコスト積み上げ方式と、持ち家の帰属家賃などで用いられる帰属計算がある。持ち家の帰属家賃とは、持ち家を仮に自身に対して貸し出した場合の家賃のことであり、これをGDPに含めることで賃貸と持ち家の比率が国ごとに異なったとしても同じベースで比較が可能になる。

コスト積み上げ方式は、政府・非営利部門などの取引額を推し量ることが困難な活動を対象として、生産するためにかかった費用を合計して生産額と見なす方法である。例えば警察サービスでいえば、警察官を雇うための賃金やパトカーや警察署などの固定資産の減価償却費などを合計したものが、警察サービスの生み出した付加価値ということになる。
一方、持ち家の帰属家賃の計算(帰属計算)では、近隣の家賃相場を利用可能なので、家賃相場に持ち家の戸数を乗じることで家賃総額を推計することが可能であり、そこから修繕費などの諸費用を差し引くことで持ち家サービスの付加価値が得られる。
このような生産額の推計方法は、市場で取引されない財・サービスの生産も含めて経済活動の規模を把握したり、国ごとに異なる制度や慣習があっても国際比較が容易になる利点がある。その半面、こうした計算をどこまで行うべきかという議論もある。国民所得統計の発展に貢献し、ノーベル経済学賞も受賞したサイモン・クズネッツは、国民経済の豊かさに寄与しないものとして軍事費への支出(防衛サービスの生産)を国民所得に含めることに反対していたことが知られている。今回はクズネッツの指摘とはやや異なった観点から、市場で取引されない財・サービスのGDPへの算入によってもたらされる問題点を取り上げる。

コスト積み上げ方式や帰属計算による推計値は、それに用いる基礎資料・統計の性質から短期的な変動を反映しないものになりやすい。ここでは帰属家賃を取り上げて、実際のデータから帰属計算による項目とそうでない項目とでどの程度の違いがあるか確認してみたい。図は、家計の行う消費活動である家計最終消費支出を、持ち家の帰属家賃とそれ以外に分けて、1994年の水準を100として指数化したものである。持ち家の帰属家賃を除く家計消費の変化と比べると、持ち家の帰属家賃は変化が乏しく、単調な増加傾向となっている。
指数ではなく金額でみると、現在のGDPが550兆円程度であるのに対して帰属家賃は50兆円程度であり、GDP全体の変化を弱めるほどの影響をもたらしてはいない。しかし、政府・非営利サービスや自社開発ソフトウエアや企業内R&D(研究開発)なども含めると、現在のGDPの5分の1程度がコスト積み上げ方式や帰属計算によって推計された金額で占められており、割合として小さいとはいえない規模になっている。
GDPに市場で取引されない財・サービスが占める割合は歴史的に拡大してきた。68年に採択された国民経済計算の国際基準「1968SNA」では帰属家賃、政府・非営利サービス、利子や保険料・保険金の受け払いなどがその対象であったが、その範囲は順次拡大されていった。現在の国際基準の「2008SNA」では自社内で行うソフトウエア開発や研究開発の活動もGDPに含めることとされており、その金額は20兆円規模におよぶ。前述のクズネッツが反対していた軍事費への支出も現在ではGDPに含められている。
こうした変更が行われてきた背景には、そこで生産活動が行われているにもかかわらず市場で取引をされないことをもってGDPに含めないのでは、経済規模の適切な把握とはいえないのではないかという問題意識がある。これはもっともな指摘ではあるが、指摘を受け入れてGDPに含む活動を広げていくと、GDPは際限なく増加していくことになる。
進む「データ」の価値評価
25年に予定されている次回のSNA改定(2025SNA)では、経済活動に付随して生み出されたデータの価値やその利用をGDPに含めることが検討されている。現代の企業活動においては、データを生み出すことを主目的としていなくても、業務に付随して膨大なデータが生み出されていく。例えばPOSデータや鉄道会社の乗降客数データなどがこれにあたる。これらのデータは、死蔵させていれば何らの価値も生まないが、活用することで大きな価値を生み出す可能性を秘めている。
こうしたデータを生み出す活動やそれを利用する活動はどのように評価すればよいのだろうか。その方法として想定されているのがコスト積み上げ方式である。すなわち、生み出されたデータはどのように活用されるか分からないので、市場価格のようなものを付けることは難しい。そこで、データの生成・整理・利用にかかった費用を合計することをもってデータの価値とみなすことが考えられる。内閣府が23年に公表した試算値では、データの生成、データベースの整理、データを用いた分析の合計額を十数兆円程度としている。
GDPにどこまでの活動を含めるかは、「生産の境界」の問題として知られている。これまで見てきたようなGDPの範囲を拡大する変更は、生産の境界を拡大する方向での変更だといえる。生産の境界を拡大すればGDPは増えるが、一方で実際に取引が行われない金額の割合が高くなっていき、企業や家計が実際に感じている景況との隔たりが大きくなる。
近年、シェアリングエコノミーやデジタルエコノミーを従来のGDPはうまく計測できておらず、経済活動の水準を過小評価しているのではないかとの批判がある。これはもっともな指摘であるが、かといって生産の境界をむやみに拡大していくと、現実の経済における実感とは乖離(かいり)したGDPの拡大や景気動向との乖離をもたらすことになる。筆者としては、経済の規模の指標としてのGDPと、景気や経済成長など変化の指標としてのGDPのバランスを取りつつ、生産の境界のラインを決めていく必要があるのではないかと思っている。
田原慎二(たはら・しんじ)
1982年広島県出身。2011年横浜国立大学大学院国際社会科学研究科修了。13年内閣府経済社会総合研究所研究専門職。17年千葉商科大学専任講師。21年4月から現職。経済学博士。専門は経済統計、政治経済学。
【転載】週刊エコノミスト Online 2024年3月25日「線引き難しいGDPの「生産の境界」問題」田原慎二
(https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20240402/se1/00m/020/006000c)
この記事に関するSDGs(持続可能な開発目標)

関連リンク
