MIRAI Times社会の未来を育てるウェブメディア

コラム

あまり目立たなかったと思いますが、千葉商科大学公式Webサイト内コンテンツ「CUCマガジン」で10年あまり、毎月「時論」を書いてきました。今月からは「MIRAI Times」に移ります。引き続きよろしくお願い申し上げます。

さて2022年2月の「時論」(「「失われた30年」のナゾ」)で、国土が焦土と化した先の大戦の敗戦から10年で立ち直った経験を持つ日本経済が、バブル崩壊後30年以上も経つのに長期停滞から脱け出せないのはなぜか、今後を展望するという観点から新たな視点で考えてみる必要があるのではないか、と問題提起しました。

日本病ともいわれている日本経済の長期低迷の原因についてはこれまでさまざまに議論されてきました。わたしが最も説得的だと考えているのは、吉川洋氏(東京大学名誉教授)の名目賃金停滞論です。同教授は、日本長期信用銀行、北海道拓殖銀行が破綻し金融危機に陥った1998年以降、労働者の名目賃金が低下しはじめ、以降低迷していることが需要を抑えデフレ経済を長引かせる基本的な原因だと説明しています。経営者も労働者も賃金より雇用維持を優先したというのです。

このように賃金停滞が長期トレンドとなり日本経済はデフレ状況から脱け出せないまま現在にいたっているのですが、目を世界に転じてみましょう。この30年、とりわけ21世紀に入ってからの20年間は世界経済がもっとも繁栄した時代だといえます。日本の10倍の人口を抱える中国がWTO(世界貿易機関)に加盟し、経済のグローバル化が一気に進んだことが決定的な役割を果たしたのです。中国は「世界の生産基地」となり各国が中国との取引で「自由貿易の利益」を享受したといえるでしょう。

自由貿易国の日本も当然その利益に預かったはずですが、なぜ先進国で日本だけGDP(国内総生産)も、働く人の賃金も増えないのでしょうか。素朴な疑問は、生産活動を担う働ける人(15歳~65歳未満の生産年齢人口)の絶対数が減少しているのになぜ賃金が上がらないのか、ということです。

イメージ

日本の生産年齢人口は30年近く前の1995年に8,726万人でピークを打ち、以降、一貫して減少しています。2020年は7,612万人ですから25年間で1,114万人、13%も減ったことになります。労働市場の需給はタイトになるはずですから、通常なら賃金が上がるはずなのです。法人企業統計によりますと、この間、大企業については労働分配率(企業が生み出す付加価値に対する人件費の割合)は低下していることが明らかになっています。岸田政権が主張するように、少なくとも大企業に限れば賃上げができない状況ではないのです。

しかし、なぜ賃金が長期にわたって上昇しなかったのか。気が付いているようでいない構造要因がなにかあるのではないか。ずっともやもやしていたのですが、ごく最近、翻訳が紹介された「人口大逆転」(チャールズ・グッドハート&マノジ・プラダン著、澁谷浩訳 日本経済新聞出版)を読んで答えが分かったような気分になりました。

この本で著者は「世界の人口構造の変化とグローバル化が経済の長期的なトレンドを決定づける」として、繁栄したこの30年間のディスインフレ経済は、世界に門戸を開いた中国の労働力が世界経済の供給力を格段に増やしたことが決定的な要因だと理論的、実証的に分析しています。

この中で日本については「日本の企業は国内の労働力不足を中國をはじめ海外の労働力で補うという合理的選択をした(海外生産を増やした)」と説明しています。国際協力銀行(JBIC)の調査によりますと、日本企業の海外生産比率(海外生産高/国内・海外生産高)は2001年度に24.6%だったのに対し、2020年度には33.6%(コロナ前の2018年度は36.8%)と9%も高くなっています。もともとグローバル化が進んでいた欧米諸国を大幅に上回る増え方であることがわかります。日本企業は労働力減少を中国の豊富な労働力の利用で補ってきたということになるでしょう。日本では労働力人口が減っても賃金を上げる必要はなかったということです。

それでは今後はどうか。中国国家統計局が今年1月に「中国の人口は予想より早く2021年にピークを迎えた可能性がある」と発表しました。中国当局はこれまで、人口のピークを2030年ごろとみていたのです。生産年齢人口はすでに2013年の10億582万人をピークに減り始めています。2020年には9億6,776万人だったということですから、この間に3,800万人も減少したのです。

「一人っ子政策」の事実上の全廃にもかかわらず出生率は史上最低水準を更新しているのですから、中国の人口減少・労働力減少は長期にわたって続きます。そうなると、主として中国の豊富な労働力に依存したこの30年間のディスインフレで繁栄した世界経済は終わりを告げ、賃金上昇などインフレを内在した新たな経済に移行せざるを得ないのではないか。これが「大逆転」の結論なのです。日本経済の今後を考えるうえできわめて示唆的です。

内田茂男

内田茂男(うちだ・しげお)
1965年慶應義塾大学経済学部卒業。日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、2000年千葉商科大学教授就任。2011年より学校法人千葉学園常務理事(2019年5月まで)。千葉商科大学名誉教授。経済審議会、証券取引審議会、総合エネルギー調査会等の委員を歴任。趣味はコーラス。

<主な著書>
『ゼミナール 日本経済入門』(共著、日本経済新聞社)、『昭和経済史(下)』(共著、日本経済新聞社)、『新生・日本経済』(共著、日本経済新聞社)、『日本証券史3』、『これで納得!日本経済のしくみ』(単著、日本経済新聞社)、『新・日本経済入門』』(共著、日本経済新聞出版社) ほか

この記事に関するSDGs(持続可能な開発目標)

SDGs目標8働きがいも 経済成長も

関連リンク

Twitterロゴ

この記事が気に入ったらフォローしませんか。
千葉商科大学公式TwitterではMIRAI Timesの最新情報を配信しています。

千葉商科大学公式Twitter

関連記事