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特集

博報堂が2019年に行った「生活者のサステナブル購買行動調査」では、消費者がモノを買うとき、環境・社会に配慮していること、つまり「エシカル」であることがこれからの判断基準になっていくという予想が発表された。

本連載では、千葉商科大学政策研究科・大平修司客員教授とともに「ボランタリー・シンプリシティ(=ミニマリズム)」「エシカル消費」という2つの消費スタイルを考察しているが、第4回では、エシカル・プロダクトに対する消費者ニーズの高まりを受け、今後企業がエシカル市場に参画し、マーケットを活性化させていくためのポイントについて、事例を交えながら考えていきたい。

【第4回】[Style3:企業を知る]
エシカル消費を促進するためのマーケティング

世界がシフトする「ステークホルダー資本主義」

新型コロナウイルスが中国で初めて発見され、感染者数が世界的に急増した2020年6月、世界経済フォーラム(WEF)が開催したダボス会議で掲げられたテーマは「グレート・リセット」だった。「サステナブルな社会の構築に向けて、従来の社会システムを白紙に戻し、もう一度つくり直そう」という意味であり、リセットが必要な分野のひとつに「資本主義経済」があげられた。

これまでのような企業がひたすら利潤を追い求めるスタイルに警鐘を鳴らし、これからは消費者や働き手、そして地域、環境など、企業を取り巻くすべての関係者(=ステークホルダー)に配慮して経済活動を行う「ステークホルダー資本主義」を推進すべきだ——そうWEFは世界に説いたのだ。

企業がステークホルダーの存在を重視することは「エシカル」の考えとも強く共鳴する。これまでの記事では、そうした社会に配慮した環境で生まれた商品(=エシカル・プロダクト)が、昨今、消費者からも求められていることを紹介した。

では、企業がエシカル市場をさらに活性化させていくには、どんな戦略が必要になるだろう。ここでは、アプローチするターゲットを次の3つに分けて考えていきたい。

企業が捉える3つ消費者層
  1. 潜在層…エシカル消費に興味はあるけれど経験したことがない
  2. 経験層…エシカル消費をすでに実践している
  3. 無関心層…エシカル消費についてよく知らない、とっつきにくいなど

潜在層へのアプローチ~「情報」と「流通」が鍵

大平教授は著書『消費者と社会的課題』(千倉書房2019年刊行)で、潜在層へアプローチする際に重要な鍵は「情報」と「流通」だと述べている。すなわち、商品の成り立ちや、どのような社会的課題の解決とつながるのか、商品自体の品質といった正しい情報をきちんと消費者に伝えること。そして、商品を全国的に展開する小売店の流通に乗せるなど、消費者の手に届きやすい仕組みをつくることである。

ひとつめのポイントについては、電通が行った「エシカル消費 意識調査2020」のなかで、「エシカル消費を行うための条件」について、34.5%が「メリットが分かったから(自分、環境、社会)」と回答していることにも裏付けされる。

電通「エシカル消費 意識調査2020」

出典:電通「エシカル消費 意識調査2020」(https://www.dentsu.co.jp/news/release/pdf-cms/2021019-0322.pdf)

商品に関する情報の中で、特に社会的課題とのつながりを消費者に訴求し、売り上げの一部を寄付や支援に充てる仕掛けを、学術用語で「コーズ・リレイテッド・マーケティング=Cause Related Marketing(CRM)」という。

コーズ(cause)を『プログレッシブ英和中辞典[第4版]』(小学館2011年刊行)でひいてみると、「(社会的な)理想」や「大義」「目標」といった意味が示されるが、CRMが誕生した経緯を考えるとコーズは「社会的課題の解決」と理解していいだろう。

CRMの発端とされているのは1981年、アメリカン・エキスプレスとエリス島財団が協働して行った「自由の女神」キャンペーン。会員がカードを使用するたびに1セントが自由の女神の修復のために寄付されるというものだ。このプロジェクトでは、カードの使用率が前年同期間比28%増となり、集まった170万ドルが修復に充てられた。

一方、日本でのCRMの先駆けと言えるのが、2007年夏から10年間続いたボルヴィックと日本ユニセフ協会による「1L for 10L」キャンペーンである。「ボルヴィックを1L購入するごとにユニセフを通じてマリ共和国へ安全な水10Lが供給される」という内容は、キャンペーン期間中、商品パッケージに表示されるだけでなくWebサイトやテレビCMなどでも広く告知された。

この取り組みは、メッセージ性の強さと、ボルヴィックが誰もが手に入れやすい商品であったことが相まって成功を収め、初年度にキャンペーンを実施した3カ月間の売り上げは一昨年同時期比31%増になったという(竹井, 2009)。

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「1L for 10L」の特筆すべきポイントとして、大平教授は「多様な媒体で広報した点」だと言及する。

「CRMにもデメリットがあります。なぜなら、企業の社会的課題に対する取り組みに対しては、全員がポジティブな印象を持つわけではなく、『本当に行われているのだろうか』という懐疑的思考が働く人も少なからずいることがわかっているからです。そうした消費者には、ボルヴィックのプロモーションのように、パッケージだけでなく、多様な媒体を用いてメッセージや成果を明確に伝えることが有効だと考えられます。
また、エコマークなど第三者機関による公正な認証マークを取得して表示することも、懐疑的思考を軽減する手助けになるでしょう」(大平教授)

CRMについては世界的にも学術研究が行われている。Grau and False(2007)は、コーズへの関与度が低い消費者をいかにCRMへ巻き込むかを検討した結果、コーズを訴求する際、生存(積極的な表現)よりも死(消極的な表現)を強調したときに、関与度の低い消費者は購買などに意欲を示すことが明らかになった。

また、Arnold, Landry and Wood(2010)は、10代~20代前半の若者に対する意識調査・研究を行い、CRMを経験すると、その後に社会的責任への意識が高まるという結果を得ている。

経験層へのアプローチ~ライフコースを持続的に捉える

次に、エシカル消費の経験層に対するアプローチについて、大平教授は前出の著書の中で「継続した購入を促せるよう、ライフコースをつなぐマーケティング戦略が必要」と述べている。

森永製菓の商品を例に考えていきたい。同社が2008年から展開する「1チョコ for 1スマイル」は、消費者が「DARS」などのチョコレート商品をひとつ購入するたびに、児童労働が問題視されるカカオ生産国に1円(特別期間のみ)が寄付されるもので、CRMの好例としてよく取り上げられるものでもある。

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森永製菓はこのほかにも社会貢献につながる取り組みとして、小学生におなじみの「チョコボール」に、教育助成を目的としたベルマークを付け、販売している。

「どちらも購買を通じた社会貢献を促す商品です。チョコボールは小学生くらいの子どもを対象としている一方、DARSは主に10~20代を対象としており、年齢層をターゲットとしたエシカル・プロダクトになります。
年齢があがってチョコボールを卒業した子どもが、引き続き気軽に消費を通じて社会貢献ができる商品を開発することで、継続的なエシカル消費につながります。また、ベルマーク商品を子どもが購入することをきっかけに、子どもの親が社会貢献に興味を持ち、別の寄付つき商品の購入につながるような仕掛けをつくるのもひとつの方法です」(大平教授)

継続的なエシカル消費には、人のライフコースを持続的に捉えながら、その周囲にいる人々にも興味関心を広げていけるようなマーケティング戦略が必要と言える。

親子の意識に働きかける情報発信を

このように消費者に継続的なエシカル消費を促した上で、もっとも取り込みやすい層は子どもを持つ親だと大平教授は分析する。

大平教授が行ったエシカル・コンシューマーへのインタビュー調査では、出産や子育てがエシカル消費を始める契機になることが明らかになった。なかでも、子どもが小学校に入学すると、6年の間にベルマークやボランティア、寄付といった社会的課題解決に関わる機会に恵まれる。義務教育課程でもSDGsやサステナブルについて扱う授業が増えており、子どものイベントや学びを通じて、親も学習し、エシカル消費を始めたという例が多く見られたという。

「エシカル消費 意識調査2020」(電通)をもとに電通が行ったクラスター分析でも、エシカル消費の認知・実施意向ともに高いグループは、共通して子どもがいることがわかっている。

親子に向けた情報発信やプロダクト開発の例として、ライフコースに合わせた教育支援サービスを提供するベネッセの取り組みを紹介したい。

ベネッセは「サステナブルな社会へ」というオウンドメディアを通して社会的課題に関する啓蒙活動や自社の取り組みの発信を行っており、「大人向け」と「子ども向け」でそれぞれ異なるページを設けてサステナブルやSDGsについて解説している。親が大人向けページで学んだあと、親子で子ども向けページを見ることで、一緒に社会について学ぶ機会にもなるだろう。

また、同社は2020年3月、コロナ禍で相次ぐ幼稚園や保育園の休園に対応し、制作期間わずか1週間で「オンライン幼稚園」を開設した。急な自宅保育に不安を抱く保護者を支え、子どもの学びの機会や生活リズムを守る、まさに親子に寄り添ったサステナブルなコンテンツは、開設1カ月後には90カ国以上から視聴され、利用者数は数カ月で70万人に拡大した。

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無関心層へのアプローチ〜身近な小売店の流通を活用

最後に、エシカル消費に無関心な消費者に対するアプローチを考えたい。大平教授の調査によると、無関心層は男性の割合が多く、彼らにエシカル消費を促すためには、コンビニエンスストアといった身近な小売店の流通に乗せることで興味関心をひく可能性が高まるという。

定食やお弁当などを1食購入するごとに20円が開発途上国の学校給食に充てられるプログラム「TABLE FOR TWO」は、2007年よりファミリーマートと提携し、社員食堂でプログラムを開始。その後、2009年より店舗で寄付つきのビスケットやキャンディを販売し、TFTを通じてアフリカ、アジアの子どもたちの学校給食支援に寄付された。

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同プログラムは、食事以外にも「CUP FOR TWO」という名称で全国の自動販売機にも導入が進んでおり、より気軽に社会貢献活動に参加する機会が増している。そのほか、多様な寄付つき商品を販売するコンビニエンスストア、ファミリーレストラン、スーパーマーケットなどが増えてきており、多くの人が訪れる場所で商品を扱うことで、無関心層は自然とエシカル・プロダクトに触れ、エシカル消費の実践につながると考えられる。

消費者と生産者をつなぐ応援消費型プラットフォームの台頭

東日本大震災の発生後、キリンホールディングスはいち早く被災地を応援する姿勢を表明し、風評被害に合う被災地の農産物を使った商品開発や農業後継者の育成に乗り出した。

大企業のこうしたアクションは消費者にも影響し、苦難にあったつくり手の商品を買って支援する「応援消費」を大きく後押しすることとなった。消費者庁も応援消費をエシカル消費のひとつとして推奨している。

応援消費は私たちが危機に直面するたびに拡大を続けており、昨今の混乱の中で急成長を見せているのが応援消費型プラットフォームだ。プラットフォームとは、生産者と消費者など異なるグループを結びつけるネットワークのこと。東日本大震災や新型コロナウイルス感染症拡大によって、農家や製造業などは大打撃を受けた。納品先の減少による食品ロスや働き手の経済不安を解消するため、生産者と消費者をマッチングするプラットフォームが次々と誕生している。

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しかし、多段階流通が根強く残る日本で、直取引を行うビジネスに反発はなかったのだろうか。

「いくつもの卸売業を間に挟んだ流通は、基本的にはスーパーマーケットなどの大規模な小売店を相手にしており、生産者から出荷されて店舗に並ぶまでに一定の時間がかかるものです。一方、プラットフォームを介すると生産者が消費者一人ひとりに直接商品を送るため、賞味期限の短いものや、豊作で大量に収穫されたものなどを素早く余さず販売することができる。形が整わない農作物は通常小売店には引き取ってもらえないけれど、見栄えが悪くても美味しければいいという消費者がいればリーズナブルな価格で直接販売することもできる。
このように、商品がある程度すみわけられているので、ビジネスが共存できると言われています。60年前、東京大学の林周二先生が唱えた『問屋無用論(※)』は批判も集めましたが、今まさにその概念が一部の業界で現実となっています」(大平教授)

※問屋無用論=東京大学の林周二氏が著書『流通革命』(中公新書1962年刊行)の中で唱えた学説。大量生産・大量消費の時代を迎えて流通経路が構築され、メーカーと小売店が直接取引できるようになるため卸売商は排除されるという概念。

大平教授はこう続ける。

「地方には生産のプロは多いけれど、販売や流通のプロは少ないのが現状です。出荷ができず食品ロスが深刻化したとき、地方の農家を救ったのがプラットフォームの存在でした。どれだけいい作物や商品をつくっても売れなければ意味がありません。大切なのは、きちんと消費者に認識され、手に渡ることです。
エシカル・プロダクトは社会的な価値がしっかりとあるわけですから、流通を意識したビジネスを考えられればより活性化するのではないでしょうか。そうして、エシカル・プロダクトが私たちにとって当たり前の存在になり、最終的にはエシカル消費という言葉自体がなくなることが理想です」

次回は連載最終回。実在のエシカル・コンシューマーとミニマリスト数名に集まっていただき、大平教授との対談を実施する。消費に対する想いや購入の基準は? 彼らにとって幸せとは? 本音トークから、消費とサステナビリティ、そして幸福感を両立する可能性を探る。

大平修司(おおひら・しゅうじ)
千葉商科大学大学院政策研究科客員教授。日本のボランタリー・シンプリシティ研究の第一人者。専門はマーケティング、消費者行動論。著書に『消費者と社会的課題』(千倉書房)、『ソーシャル・イノベーションの創出と普及』(NTT出版・共著)など。普段から積極的に有機野菜や寄附つき商品、コートやジーンズは本当に気に入ったもの、長く使えるものを選ぶようにしている。

この記事に関するSDGs(持続可能な開発目標)

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