時論

内田茂男学校法人千葉学園理事長(元日本経済新聞論説委員)による時論です。ときどきの社会経済事象をジャーナリストの視点で語ります。

新型コロナウイルスに見舞われてすでに2年。いまだ収束の気配はありませんが、世界経済は今後どう展開してゆくのか、その中で日本経済はどうなのか——。四半期ごとに世界経済見通しを公表しているIMF(国際通貨基金)が、1月25日に改定見通しを公表しました。

それによりますと、世界経済の成長率(実質:以下同じ)は2020年は3.1%のマイナスでしたが、2021年はプラス5.9%(実績見通し)と比較的順調に回復したということです。しかし2022年は4.4%に回復スピードが鈍化すると予測しています。オミクロン株の急拡大に加え、石油価格の上昇、サプライチェーンの混乱などでインフレが進行し、世界的に金融環境が悪化することが大きく影響するとみているのです。

世界第一の経済大国であるアメリカは、すでにFRB(連邦準備理事会)がテーパリング(量的緩和の縮小)に踏み込み、パウエル議長は「想定よりも速いペースでの利上げ」を示唆しています。また第2の経済大国の中国は、厳格な新型コロナ対策と不動産バブル抑制策などが経済活動を委縮させるとみられています。IMFは、アメリカの成長率を2021年5.6%、2022年4.0%、中国の成長率を2021年8.1%、2022年4.8%とみています。

それでは日本の回復力についてはどうみているのでしょうか。IMFは、2021年の日本の成長率はわずか1.6%にとどまったと推計しています。日本を含む先進国は5.0%だったとみていますから、日本は他の先進国とはかけなれた低成長にとどまったということになります。2022年についても3.3%成長と回復力に疑問符をつけています。前回の本欄で「日本政府も民間予測機関も、「日本経済の回復力は弱い」とみている」と書きましたが、IMFも同様な見方をしているわけです。なぜ日本の回復力は他国に比べ弱いと見られているのでしょうか。

日本ではインフレが問題になっているわけではありません。昨年12月の消費者物価指数(生鮮食品を除く総合)は前年同月比0.5%の上昇に止まっています。同月のアメリカの消費者物価指数は前年同月比で7.0%も上昇しました。実に39年ぶりの上昇率だということです。日本の2021年通年の消費者物価上昇率はマイナス0.2%でした。インフレどころか依然としてデフレから脱却できていないのです。そのため日銀の黒田総裁は、現在の金融緩和政策の継続を明らかにしています。

それでは新型コロナウイルス感染拡大による社会、経済的混乱が他国に比べ大きいのでしょうか。そんなことはありません。新型コロナの社会的インパクトを人口当たり致死数でみると、日本は欧米諸国に比べ異常なほど低いのです。それなのになぜ?

1990年のバブル崩壊から現在に至る日本経済の長期停滞を「失われた30年」と表現する専門家もいます。しばしば指摘されるように、この間、GDP(国内総生産)も生産性も賃金もほとんど増えていません。今回のコロナショックからの回復力も他の先進国に劣るとなると、不名誉なことですが、今後も「失われた——」という語呂が使われ続けることになりかねません。

30年といえば親が子を産み、その子が孫を生むまでの期間を意味します。日本は300万人以上が亡くなった第二次大戦の敗戦の打撃からもほぼ10年で立ち直った経験を持っています。30年も立ち直れないのはなぜか。これまでさまざまな分析がなされていますが、日本経済の今後を展望する観点から、新たな視点で考えてみる必要があるように思います。今回は問題提起で紙幅がつきました。次回以降、折にふれ試論を展開してみたいと思います。
(2022年2月7日記)


内田茂男常学校法人千葉学園理事長

【内田茂男 プロフィール】
1965年慶應義塾大学経済学部卒業。日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、2000年千葉商科大学教授就任。2011年より学校法人千葉学園常務理事(2019年5月まで)。千葉商科大学名誉教授。経済審議会、証券取引審議会、総合エネルギー調査会等の委員を歴任。趣味はコーラス。

<主な著書>
『ゼミナール 日本経済入門』(共著、日本経済新聞社)
『昭和経済史(下)』(共著、日本経済新聞社)
『新生・日本経済』(共著、日本経済新聞社)
『日本証券史3』、『これで納得!日本経済のしくみ』(単著、日本経済新聞社)
『新・日本経済入門』』(共著、日本経済新聞出版社) ほか