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コラム

今回の見出しは、著名な人口学者、ポール・モーランド氏(ロンドン大学)の『人口で語る世界史』(渡会圭子訳「人口で語る世界史」:原題 The Human Tide:How Population Shaped the Modern World)から拝借しました。新型コロナウイルス・パンデミック、ロシアのウクライナ侵攻で混沌とする世界情勢は、今後、どう展開するのか。誰もが知りたいこの大難問を解くカギは今後の人口動態にあると考えるからです。

7月中旬に国連が世界の人口推計を公表しました。これまでの2019年推計の改訂値です。この2022年推計で最も注目されるのは、「世界の人口は今年11月15日時点で80億人を超え、その後も増加を続けるが、2086年に104億人でピークを打つ」としている点です。3年前の2019年推計では、世界人口のピークは2100年の109億人と見ていました。今回の推計は、ピークの時期を14年早めたのです。

昨年8月の本欄「人類はやがて消滅する?」で、2020年6月に医学専門誌『THE LANCET』に掲載されたアメリカのワシントン大学の世界人口推計を紹介しました。ワシントン大学の専門家チームの推計では、世界人口は2064年の97億人でピークを打つということでした。今回の国連推計は、このワシントン大学推計に近づいたことになりますが、増加トレンドから減少トレンドへの構造転換のテンポを、まだ、かなり緩くみていることになります。

『THE LANCET』掲載論文によりますと、この差は主にTFR(Total Fertility Rate:合計特殊出生率=1人の女性が生涯に産むと考えられる想定出生数)の将来推計値の違いから生じているようです。国連推計は、過去のトレンドから将来のTFRを予測しているのですが、ワシントン大学専門家チームは出生率が高いアフリカのサブサハラ諸国など途上国で女性の教育水準が急速に向上し、女性の社会進出が加速しているなど出生率低下の最新状況を織り込んで推計しているということです。インターネットを通じたグローバルな情報革命が従来の予想を大幅に超えるスピードで進行していることを考えれば、ワシントン大学推計の精度は国連推計に勝ると見てよいでしょう。そのワシントン大学推計では、世界のTFRは2034年に人口の置換水準(増えも減りもしない水準)の2.1以下となります。その30年後に世界の人口総数が減少に転じるというわけです。

世界の人口は1800年で10億人程度だったと見られています。その後、経済発展とともに急速に増え、スペイン風邪(実際はH1N1亜型インフルエンザ)が世界に蔓延した1920年前後に20億人、その後ほぼ100年で4倍の80億人に達したのです。途上国を中心にその後もしばらく増加しますが、ワシントン大学推計では今後40年余りで人類史上はじめて長期増加トレンドに終止符が打たれ、減少に転じることになります。

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産業革命後の歴史を振り返ると、経済の成長期に人口が増加し、その人口増加が経済成長をもたらしたことがわかります。「人口で語る世界史」では、『人口とは軍事力であり経済力である』と結論づけています。第2次世界大戦後は、先進国で最大の人口大国であるアメリカが超大国として世界をリードし、人口停滞に悩まされたソ連は崩壊しました。また"人口準大国"の日本も人口増加による「人口ボーナス」(人口増加の経済的恩恵)を享受しました。

今世紀に入ると人口超大国の中国が高速成長を続け、2010年には日本を抜いて世界第2の経済大国となりました。中国共産党は1949年の新中国建国後100周年に当たる2049年には、経済力、軍事力、技術力で世界水準に並ぶ「社会主義現代化強国」を実現している、という大目標を掲げています。

ところが肝心の人口が間もなく減少期に入る可能性が出てきているのです。昨年5月、中国政府が2020年に実施した第7回国勢調査(10年に1度の人口調査)の結果を発表しました。それによると2020年の全人口は14億1,178万人(2010年13億3,972万人)だったことが明らかになりました。10年間の増加率は5.4%で建国後最低だったということです。

問題は人口構成で、15~59歳の生産年齢人口は6.8%減少し、逆に65歳以上高齢者は5.5%増加したというのです。生産年齢人口は2013年をピークに減少に転じています。少子高齢化現象が明確になっているのです。本年1月、国家統計局が2021年の出生数は2020年比12%減の1,062万人と建国以来の最低だったことを明らかにしました。同時に、前回の「なぜ賃金が30年間も上がらないのか」で紹介したように「中国の総人口は2021年にピークを迎えた可能性がある」との見方を示しています。2017年の国家計画では、人口のピークは2030年ごろと想定していたのですから、10年近く早まることになります。

ワシントン大学推計でも、中国の総人口は2020年前後にピークを打つとみています。一方、開放的な移民政策をとるアメリカは2040年ごろまで増加するというシナリオを描いています。それではこのような人口の動きが経済力にどう影響するのか。ワシントン大学推計では人口とともに各国のGDP(国内総生産)を予測し世界での順位付けをしています。
参考までに紹介しますと、2030年時点では現在と変わらず、1位アメリカ、2位中国、3位日本。2050年では1位が中国、2位アメリカ、3位インド、4位日本と、人口世界一になるインドの躍進が目を引きます。しかし、2100年になりますと、1位にアメリカが返り咲き、以下、2位中国、3位インド、4位日本。

今後の人口動向は、世界の勢力図に決定的に影響を与えます。今後も折りに触れ考えてみたいと思います。

内田茂男

内田茂男(うちだ・しげお)
1965年慶應義塾大学経済学部卒業。日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、2000年千葉商科大学教授就任。2011年より学校法人千葉学園常務理事(2019年5月まで)。千葉商科大学名誉教授。経済審議会、証券取引審議会、総合エネルギー調査会等の委員を歴任。趣味はコーラス。

<主な著書>
『ゼミナール 日本経済入門』(共著、日本経済新聞社)、『昭和経済史(下)』(共著、日本経済新聞社)、『新生・日本経済』(共著、日本経済新聞社)、『日本証券史3』、『これで納得!日本経済のしくみ』(単著、日本経済新聞社)、『新・日本経済入門』』(共著、日本経済新聞出版社) ほか

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