時論

内田茂男学校法人千葉学園理事長(元日本経済新聞論説委員)による時論です。ときどきの社会経済事象をジャーナリストの視点で語ります。

世界に先駆けて総人口が減少に転じている日本では、「毎年赤ちゃんが何人生まれるか」は国民的関心事といってよいでしょう。出生数が100万人を切って話題となったのは5年前の2016年でした。その後も毎年減少し、2020年は84万人でした。ことしは80万人を割るのではないかとみられています。出生数の落ち込みはアメリカなど他の国でも指摘されています。新型コロナウイルスの世界的感染拡大で経済が大混乱に陥ったことが大きく影響しているのではないか、とみられています。

それではコロナ後はもとに戻るのでしょうか。突然のショックからは回復するとみてよいでしょう。コロナ対応に追われていた医療施設に余裕ができるでしょうし、結婚を控え ていたカップルの行動も常態に戻ると考えられるからです。しかし、長期でみると少子化の波は先進国から途上国へ大きな潮流となって押し寄せてきており、世界人口はこれまでの見通しよりはるかに早く減少に転じるという見方が出てきています。

日本経済新聞が8月下旬に「人口と世界」という特集を始めました。そこでアメリカのワシントン大学が昨年6月に発表した世界の将来人口予測を紹介しているのですが、それまでの国連の予測(「世界人口推計」2019年)から大幅にかけはなれているため、改めて注目されています。

2019年の国連推計では、世界人口は2050年に97億人と現在より20億人増え、2100年に109億人となってピークを打つと見ています。それに対し、ワシントン大学の推計では、国連推計より14年も早く2064年に97億人に達します。これがピークで、それ以降、減少に転じ、2100年には88億人にまで減少するとみています。2100年までには日本を含め先進23カ国の人口は半減すると予測しています。

世界の人口増加は、人類の長い歴史からすると、ちょうど地球温暖化を促進する二酸化炭素などの温暖化ガス排出量と全く軌を同じく、産業革命以来のわずか200年間の現象なのです。

大学時代、「人口論」の講義で最初に学んだのが「人口転換」の理論でした。ごく大まかに言えば、人口は、経済社会の進化に伴って(1)多産多死 (2)多産少死 (3)少産少死、の3段階を経過して変化する、というのです。第1段階(多産多死)では子供はたくさん生まれますが、死亡率も高く、人口は増えません。第2段階(多産少死)では、多産ですが、医学の進歩によって死亡率は低下し、人口が急激に増えます。第3段階(少産少死)では出生率も低下し、人口増加は緩やかになります。

第2次大戦後、先進国は医学の進歩に加え公衆衛生システム、医療保険制度の充実によって乳児死亡率が劇的に低下し、平均寿命が大幅に伸びました。これに反比例するように出生率が急激に低下しています。将来人口の推計値は、今後の出生率をどうみるかに決定的に依存します。ワシントン大学の推計は国連の予測より出生率の低下速度が速いとみているのです。

医学や公衆衛生制度の発達で死亡率が低下し、平均寿命が延びることは理解しやすいのですが、経済の発展に従って出生率がなぜ低下してきたのでしょうか。これまでさまざまな学説が積み重ねられてきていますが、20世紀以降、先進国で民主主義が急速に普及したことが出生率低下の最大要因だという考え方がもっとも説得力があったように思います。女性が自由を獲得し、「子供は少なく産んで大切に育て、加えて自分の人生を楽しむ余裕を持ちたい」という考え方が社会に受け入れられるようになったのです。

このようにして出生率は先進国を中心に急速に低下しています。一人の女性が生涯に産むと考えられる想定出生数を合計特殊出生率といいますが、主要国のほとんどすべてが2人を下回っています。日本は2018年1.42、2019年1.36、2020年1.34に過ぎません。2018年データで主要国をみると、アメリカ1.73、フランス1.88、ドイツ1.57、イギリス1.70、イタリア1.29。

人口が増えも減りもしない「人口置換水準」は、合計特殊出生率で2.07と言われています。ここであげたどの国もこれを大幅に下回っているのです。とくに日本は極端に低いのです。こうして先進国の人口は確実に減ってゆくわけですが、途上国でも、教育制度の改善、医療水準の向上によって人口転換が加速していますから、世界の人口は将来的には減少することは目に見えているわけです。前述したようにワシントン大学の推計は、出生率が国連の想定より早く低下すると見ているのです。

いま新型コロナウイルスの世界的蔓延、地球温暖化の急進展、とめどない技術革新(とりわけデジタル化)による所得・資産格差の極端な拡大、国際協調の行き詰まりなど、若年層の将来への不安感を増幅させるさまざまな現象が同時並行的に現出してきています。これらが今後、出生率をますます低下させる要因になるのではないでしょうか。
紙幅が尽きました。この問題は別の機会に再論したいと思います。
(2021年8月31日記)


内田茂男常学校法人千葉学園理事長

【内田茂男 プロフィール】
1965年慶應義塾大学経済学部卒業。日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、2000年千葉商科大学教授就任。2011年より学校法人千葉学園常務理事(2019年5月まで)。千葉商科大学名誉教授。経済審議会、証券取引審議会、総合エネルギー調査会等の委員を歴任。趣味はコーラス。

<主な著書>
『ゼミナール 日本経済入門』(共著、日本経済新聞社)
『昭和経済史(下)』(共著、日本経済新聞社)
『新生・日本経済』(共著、日本経済新聞社)
『日本証券史3』、『これで納得!日本経済のしくみ』(単著、日本経済新聞社)
『新・日本経済入門』』(共著、日本経済新聞出版社) ほか