時論

内田茂男学校法人千葉学園理事長(元日本経済新聞論説委員)による時論です。ときどきの社会経済事象をジャーナリストの視点で語ります。

7月21日、日本のエネルギー政策の方向性を決める「エネルギー基本計画」の原案が担当官庁の経済産業省資源エネルギー庁から公表されました。新聞やテレビが大きく取り上げましたので気が付いた方も多いと思います。エネルギー基本計画というのは、2002年に公布された「エネルギー政策基本法」に基づいて、ほぼ3年ごとに検討し公表されることになっています。今回は第6次計画で、今後、総合資源エネルギー調査会(経済産業大臣の諮問機関)など関係者の意見を聞いたうえで10月をめどに閣議決定されます。

今回の基本計画の目的は、菅政権の国際的公約である「2050年カーボンニュートラル」(2050年を目標に地球温暖化ガスの実質的排出量をゼロにする)に向けての中間目標年である2030年の日本経済のエネルギー・ミックス(エネルギー構造)を描くことです。菅政権は2050年目標への中間目標として「2030年度の地球温暖化ガスを2013年度比で46%削減する」という極めて大胆な削減計画をこの春開かれた国際会議の場で公表しています。第6次エネルギー基本計画はこの国際公約の中身を明らかにする目的を持っています。

今回明らかにされた計画の主要な内容は次の通りです。

  1. 原子力は安全を優先し、可能な限り依存度を下げる
  2. エネルギー政策の基本視点は「S+3E」(Safety=安全性、Energy Security=安定供給、Economic efficiency=経済効率性、Environment=環境への適合)
  3. 原子力は重要なベースロード電源だが、使用済み燃料の最終処分、核燃料サイクル、廃炉などさまざまな課題への対応が必要
  4. 石炭は最もCO2排出量が大きいが経済性の優れた重要なエネルギー源である
  5. 2030年度に目指すべき電源構成

再生エネルギー 36~38%(2019年度実績18%)
原子力 20~22%(2019年度実績6%)
化石燃料 41%(2019年度実績76%)

2030年までには10年を切ったのですから、革新的技術に期待しても実現は困難とみるべきでしょう。2030年目標の国際公約を実現するには既存技術を前提にせざるをえません。

原子力発電については東日本大震災、東京電力福島第一原子力発電所事故以降、ほとんどの原子力発電が止まったままで、福島事故後に再稼働申請した27基のうち稼働しているのは10基に過ぎません。しかし、気候変動問題へ対応しなければなりませんから、どうしてもある程度、原子力に依存せざるを得ないと思います。しかし、原子力依存は基本的には望ましくないと考えられますから、原子力依存には限度があります。政府は原子力発電所の新設には言及できないでいます。
そうなれば本命である太陽光発電、風力発電を主力にした再生エネルギーに傾斜せざるを得ません。しかし、いまからわずか10年近くの年数で依存度を現状の2倍以上にするというのは現実性に乏しい数字合わせに過ぎないという見方が大勢のようです。しかし、思い切った高い目標を掲げることの意義は大きいと思います。これによって政府の意欲が伝わりますし、これまでの石油文明から脱炭素文明に変わることは目に見えているのですから、民間企業も新しい巨大なマーケットでの成長を目指して懸命に努力するはずだからです。すでに脱炭素社会に向けた競争は世界的に開始されています。
(2021年7月30日記)


内田茂男常学校法人千葉学園理事長

【内田茂男 プロフィール】
1965年慶應義塾大学経済学部卒業。日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、2000年千葉商科大学教授就任。2011年より学校法人千葉学園常務理事(2019年5月まで)。千葉商科大学名誉教授。経済審議会、証券取引審議会、総合エネルギー調査会等の委員を歴任。趣味はコーラス。

<主な著書>
『ゼミナール 日本経済入門』(共著、日本経済新聞社)
『昭和経済史(下)』(共著、日本経済新聞社)
『新生・日本経済』(共著、日本経済新聞社)
『日本証券史3』、『これで納得!日本経済のしくみ』(単著、日本経済新聞社)
『新・日本経済入門』』(共著、日本経済新聞出版社) ほか