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コラム

1月23日に始まる通常国会で審議される来年度予算案は、財政難の中、歳出(国債費などを含む一般会計歳出)総額が114兆円と大幅に増えたことで話題となっています。11年連続で過去最高を更新し、初めて110兆円を突破したということです。中でも防衛費が一気に膨らみ、「防衛費はGDP(国内総生産)の1%を超えてはならない」というこれまでの不文律をあっさり破ってしまいました。今年は日本の防衛政策、安全保障政策が歴史的な大転換を遂げる重大な1年になると思います。昨秋、日本を取り巻く安全保障環境が厳しさを増す中で、岸田文雄首相が「防衛力の抜本的強化」を明確に打ち出したからです。

政府は防衛政策の大枠を検討してもらうために9月に「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」を立ち上げました。有識者会議は4回の会議を経て11月に報告書(11月22日公表)をまとめています。この報告書の趣旨にそってただちに防衛政策の中身の検討が開始されました。

事実関係を追いますと、政府はこの報告書を踏まえて12月16日、いわゆる防衛3文書(「国家安全保障戦略」、「国家防衛戦略」、「防衛力整備計画」)を閣議決定しています。次いで12月23日、来年度の防衛予算案を組み込んだ「税制改正大綱」、続けて来年度予算案を閣議決定しました。

防衛3文書に基づき2023年度から5年間で防衛費総額を43兆円程度と現行計画(2019年度から2023年度までの5年間で27兆5,000億円)の1.6倍程度の規模にする目標を設定しました。この計画が実現すれば目標年度の2027年度の防衛費はGDPの2%程度とNATO(北太平洋条約機構)加盟国の目標に並ぶことになります。2023年度予算案の防衛費が急増したのは5カ年計画の初年度に当たるからです。具体的にみますと、来年度の防衛費総額(案)は今年度に比べ1兆4,192億円増の6兆8,200億円になっています。実に26%も増えているのです。この結果、来年度の防衛費の対GDP比は1.19%(今年度は0.96%)と大きく「1%の壁」を突破することになっています(政府経済見通しのGDPをもとに計算)。

この防衛政策、安全保障政策の大転換をどう考えたらよいのでしょうか。岸田政権の防衛力強化の考え方、内容を整理しておきましょう。11月にまとめられた政府の有識者会議の報告書は次のように述べています。

  • インド太平洋におけるパワーバランスの変化や周辺国による変則軌道のものを含む相次ぐミサイル発射など日本の安全保障環境は厳しさを一段と増している
  • 日本および日本周辺での戦争を抑止し、力による現状変更を許さないという日本の意思を国内外に示し、有事の発生を防ぐ抑止力を確保しなければならない
  • 自分の国は自分たちで守るという当たり前の考え方を明確にすることは同盟国などからの信頼をゆるぎないものにするために不可欠である
  • 厳しい安全保障環境を考えるとき、なにができるかだけではなく、何をなすべきかという発想で、5年以内に防衛力を抜本的に強化しなければならない
  • 防衛力の財源は歳出改革を優先し、なお不足する部分については国民全体で負担すべきだ。国債発行が前提になってはならない
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日本はこれまで平和憲法と日米安保条約のもとで、軽武装、専守防衛を標榜し、防衛コストを最小限に抑えてきました。米ソ冷戦時代は両陣営のもとで世界情勢は安定していました。社会主義帝国のソ連が崩壊し、天安門事件で経済制裁を受けていた中国が鄧小平の南巡講話をきっかけに市場経済化に突き進んだ30年前、世界は1つになったという楽観論が広がりました。両国が豊かになれば、人々の間に民主主義が浸透し、もう専制国家の昔には戻らないだろう、という見方も有力でした。加えて日本では、唯一のスーパーパワーだったアメリカと緊密な同盟関係にあることから「日本は攻められることはない」とする考え方が一般通念になっていたといってよいでしょう。

しかし、国際ルールを踏みにじるロシアのウクライナ侵攻、習近平一極体制の中国の国内外への強権的行動、急速に核保有国となった北朝鮮の威嚇的行為、さらにアメリカ・パワーの相対的減退など、日本を取り巻く世界の安全保障環境は明らかに変わってきています。この点、有識者会議の報告書で示されている政府の認識はきわめて妥当だと思います。

問題は、重大な政策変更にもかかわらず、きわめて短期間に一方的に結論を出したことです。政治の場ではもちろん、広く国民の間で議論がないまま「1%の壁」が破られ、抑止力強化のために敵基地攻撃能力を保有することが固まったのです。拙速に過ぎると言わざるを得ません。「国民の覚悟を問う」議論がぜひとも必要でしょう。日本国民が防衛政策、安全保障政策を「自分ごと」として考えなければならないはずです。これまでのように専門家や関係者の間でのいわば抽象的な議論に終わらせてすんでいた時代は過去のものになったのです。

そのためには、巨大化する防衛費用をどうまかなうか、という財源論がキーポイントになると思います。いうまでもなく「国を守る」というサービスは、日本国民の誰ひとりも取り残さず、全国民に恩恵がおよぶ、経済学でいう「純粋公共財」です。だから税金でまかなう必要があるのです。この点は有識者会議の報告書でも触れている通りです。自民党の一部に当面は国債でまかなおうという議論がありますが、とんでもない暴論です。国防の便益を享受する今の国民が身銭を切ってまかなうべきなのです。痛みを受け入れてこそ本当に「自分ごと」になるからです。すでに紙数がつきましたが、この問題の門外漢の筆者も自分ごととして考えてゆきたいと思っています。

内田茂男

内田茂男(うちだ・しげお)
1965年慶應義塾大学経済学部卒業。日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、2000年千葉商科大学教授就任。2011年より学校法人千葉学園常務理事(2019年5月まで)。千葉商科大学名誉教授。経済審議会、証券取引審議会、総合エネルギー調査会等の委員を歴任。趣味はコーラス。

<主な著書>
『ゼミナール 日本経済入門』(共著、日本経済新聞社)、『昭和経済史(下)』(共著、日本経済新聞社)、『新生・日本経済』(共著、日本経済新聞社)、『日本証券史3』、『これで納得!日本経済のしくみ』(単著、日本経済新聞社)、『新・日本経済入門』』(共著、日本経済新聞出版社) ほか

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