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コラム

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ウクライナ危機で日本の食料構造の脆弱性が顕著に表れた。食と農のあり方を再考する時である。

日本の食料供給構造は"綱渡り"状態

ロシアによるウクライナ侵攻を背景に、国内でも食料価格が高騰し、食料危機という言葉も聞かれる。その不安の背景には、食料自給率が低く、食の大部分を海外に依存する実態がある。

日本の食料自給率は1961年には78%だったが、2021年には38%に、穀物自給率は同期間で75%から29%まで低下した。飼料自給率も21年時点で25%、栄養価の高い濃厚飼料の主要穀物であるトウモロコシの自給率は0%である。輸入飼料分をカウントしない肉類の自給率は、牛肉10%、豚肉6%、鶏肉8%しかない。

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英国は食料自給率が上昇

諸外国と比較すると、日本の低さは際立つ。島国であり、戦争で国土に大きなダメージを受けたという共通点を持つ英国の食料自給率は、61年の42%が18年には65%に、穀物自給率は同期間に53%が82%に、それぞれ上昇している。

日本とは異なり、食生活に著しい変化がなかったからだという指摘もあるが、重要なのは戦争で深刻な食料不足に陥った経験を経て、国民が食料自給の大切さを認識し、農業政策もそれに応えたというところであろう。

食料危機への懸念、食料不安の高まりは、今に始まったことではない。72年には異常気象が世界的に発生した。穀物生産が減少すると、旧ソ連が大量に穀物を買い付けて需給が一層逼迫(ひっぱく)し、価格が高騰した。73年には米国が突然、大豆の輸出禁止を決め、日本を「大豆ショック」が襲った。さらに、第1次オイルショックが起こり、物価高騰が生活を直撃。肥料・飼料価格も高騰した。

08年に起こった世界同時食料危機も記憶に新しい。20年初めから続く新型コロナウイルス禍の拡大は、国境封鎖や物流システムの機能不全をもたらし、入国制限措置の結果、外国人労働者に頼る産地では人材不足も深刻化した。

このように、歴史的に食料危機は繰り返され、ウクライナ危機ではその脆弱(ぜいじゃく)性が顕著に表れたと理解したほうがよい。日本の食料供給構造は、切れてもおかしくない細い綱を渡っている状態にある。

食料危機は、なぜ繰り返されるのだろうか。その要因は、世界人口の増加による穀物需要の拡大▽途上国の経済成長に伴う肉類消費量の増加▽バイオエタノール向けトウモロコシ需要の拡大▽原油高による燃油や石油由来の生産資材価格の高騰▽肥料・飼料価格の高騰▽円安の進行▽輸出規制▽気候危機──などが挙げられる。こうした複合的な要因が食料の供給構造を常に揺るがしている。

その中でも、異常気象、自然災害が世界で相次ぎ、日常的な光景となりつつある。気候危機と地球温暖化の因果関係は明らかで、生命を脅かす共通課題として認識されている。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告によると、今後も気候変動の加速により、熱波や豪雨、干ばつ、洪水などの異常気象の頻度が高まることが予測されている。

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第1次産業はこうした影響を受けやすく、北米や南米、欧州、豪州など食料大国の農業にも深刻なダメージを与えている。22年8月に欧州委員会の欧州干ばつ観測所(EDO)によると、現在、60%以上の地域が渇水による干ばつの危険にさらされ、過去500年で最悪の渇水状況が続いているという。この渇水は収量減という形で農業生産を直撃する。国内でも、記録的な猛暑や度重なる大雨、ゲリラ豪雨など異常気象が頻発し、農業生産の被害が増大している。

一方で、食料品の生産から流通、消費までを一連の体系として捉えるフードシステムはグローバルに展開し、生産(森林伐採による農地への転用、化学肥料や農薬の製造、機械化や施設化など)、加工・流通、消費、廃棄という全ての段階で、地球温暖化の原因となる温室効果ガスを排出している。

IPCCは、19年8月に特別報告書『気候変動と土地』を公表した。農業と林業、その他の土地利用からの人為的な温室効果ガスの排出量は、世界の総排出量の約22%に相当し、食料の生産に加え、加工、流通、消費に至る食料システム全体からの排出は、世界の温室効果ガス総排出量の21~37%を占めるという。現代のフードシステムは、気候危機を促す主要因としても深く関係している。

肥料高騰に農家が悲鳴

生産現場の揺らぎは気候危機だけではない。化学肥料の高騰が経営を圧迫し、農家は悲鳴を上げている。化学肥料の原料となる化石燃料(石油、天然ガス)や鉱物資源(リン鉱石、カリ鉱石など)は、ほぼ全て輸入に依存している。

肥料価格の高騰も食料と同様に、世界人口の増大に伴う食料需要の拡大、化学肥料の原料産出国である中国の輸出規制、コロナ禍などを背景に20年代半ばから価格の上昇が始まっていた。コロナ禍がおさまらない中、ロシアのウクライナ侵攻が始まった。世界のカリ鉱石供給量の約4割を占めるロシアとベラルーシに対する経済制裁の影響で供給が減少し、さらなる価格の上昇を招いている。

ポストコロナ時代の食と農を展望するキーワードは、持続可能なフードシステムの構築である。次の3点がポイントになる。

1点目は、ローカル・フードシステムの重視である。農産物直売所、ファーマーズマーケット、CSA(地域支援型農業)、学校給食など、各地域や生活圏で食と農をつなぐ多彩な実践が広がっている。こうした取り組みは、生産者を支え、食卓の安心をつくるだけではなく、フードマイレージという指標があるように食料の輸送段階で発生する環境負荷の削減から有効な手段として注目される。

2点目は、持続可能な農業としての有機農業の推進である。有機農業の目的は、生態系の保全、地域資源の循環など自然共生を追求することである。そのプロセスにおいて、輸入原料や化石燃料を原料とする農薬や化学肥料に依存せず、堆肥(たいひ)や緑肥など有機物を用いた土づくりを行うと炭素貯留が促進される。化学肥料やエネルギーが高騰している現在、有機農業への期待が高まっている。

3点目は、都市農業の維持・発展である。ウクライナ危機は、食と農が消費者の問題でもあることを突き付けた。圧倒的多数を占める消費者、都市のあり方が問われている。国内の農産物を買い支え、農業・農村との連帯をつくることはもちろん、都市部にも農地があり、身近な生産空間とのつながりをいかに構築できるかも考えたい。都市が消費の空間としてだけではなく、農地の保全と農業の振興によって生産の空間として機能することが都市生活者のライフスタイルの変革につながる。

今回の連載では、上記のポイントを踏まえながら、ポストコロナ時代の食と農のあり方について考えていく。

小口広太(おぐち・こうた)
千葉商科大学人間社会学部准教授。1983年長野県出身。博士(農学)。明治学院大学国際学部卒業、明治大学大学院農学研究科博士後期課程単位取得退学。日本農業経営大学校専任講師などを経て、21年4月から現職。専門は地域社会学、食と農の社会学。

【転載】週刊エコノミスト Online 2022年11月14日「食料自給率の低い日本で、持続可能な「フードシステム」構築を考える」小口広太
(https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20221122/se1/00m/020/005000c)

この記事に関するSDGs(持続可能な開発目標)

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