研究プロジェクト成果報告

研究代表者:佐藤 哲彰(総合政策学部 准教授)
共同研究者:石井 泰幸(サービス創造学部 教授)
      内海 幸久(総合政策学部 教授)
      後藤 啓 (総合政策学部 准教授)
      田原 慎二(総合政策学部 准教授)
      中尾 将人(総合政策学部 准教授)
      松崎 朱芳(総合政策学部 准教授)

1.研究成果の概要
2024年度は、具体的な大学情勢を参照することにより、今後の大学における経済学教育の可能性について考察を深めた。従前、経済学は「社会科学の女王」と呼ばれるように、現代社会科学の中心的地位を占め、その手法は他の多くの学問分野においても応用されている。しかし、近年の受験生の志望状況に鑑みると、多くの主要大学において商学系や経営系の偏差値が経済学系の偏差値を上回る傾向を見せている。その要因として考えられることは、商学や経営学といった分野はケーススタディといった現実に即した学修を重視する一方で、経済学では微分計算といった数学的素養があることが学修の前提となっているにもかかわらず、それが現実社会においてどのような示唆を与えるのかが非常に認識しづらいということが考えられる。確かに、統計・計量的手法を中心とする環境経済学や開発経済学といった応用経済学の分野は、現実社会との接合は把握しやすいが、現代経済学においては、分野を問わず合理的経済人という非現実的な人間観が底流しているため、学生に対して経済学に対する関心を喚起することは難しい。実際、合理的経済人仮説では、現実のビジネスに関連する社会現象を行うことが困難である。
実際、ビジネスを論じる学問である経営学は、経営管理論、経営組織論、経営戦略論、マーケティング論、会計学、人的資源管理論、イノベーション論といった多様な分野からなる学問であるが、その多くが合理的経済人仮説に対する批判に依拠している。例えば、経営組織論においてはC・I・バーナードの全人仮説やH・A・サイモンの限定された合理性という仮定は、合理的経済人仮説からは導出できない組織の成立要件を説明するために定立されたものであった。また、マーケティング論について言えば、企業による広告活動は、合理的経済人仮説に基づく主流派の新古典派経済学からは健全な競争を妨げる非効率的な経済行動としか説明できない。というのは、新古典派経済学では市場におけるすべての商品は同質であり、合理的経済人の行動を決定する要因は価格のみであると仮定されるからである。しかし、現実の市場においては消費者の選好は所与でないうえ、そもそも企業によるマーケティング活動がなければ、その商品を認識することができないのである。消費者は、企業のマーケティング活動によって、はじめて新商品の存在を知り得、自らの選好を発見することができる。
もっとも、学説史を遡れば、経済学はこうした点についても視野に入れた極めて豊饒な学問であったことが容易に理解できる。例えば、経済学の祖アダム・スミスは、元来、道徳哲学者であり、人間本性に関する学問を構築する一環として経済学を創始したのである。そのため、スミスの『国富論』(1776)における人間は、決して新古典派経済学が想定するような合理的な存在ではなく、利己的でも利他的でもある多様な側面を持った存在であった。実際、F・A・ハイエクは『国富論』を経済学のみならず、社会心理学の書でもあると評価しつつ、スミスが合理的経済人仮説に立脚したことはないと主張した。
経済学が現代のような形になったのは、P・サミュエルソンによる新古典派総合に端を発する経済学の制度化の影響が大きい。具体的には、1929年の世界恐慌によってそれまでの新古典派経済学の有効性に疑義が呈される一方、J・M・ケインズによって有効需要の原理が明らかにされ、政府介入を容認することにより、不況の解消が経済学的に可能であることが明らかにされた。サミュエルソンは、戦後、アメリカにおいて新古典派経済学とケインズ経済学の統合を進め(新古典派総合)、『経済学』(1948)という標準的な経済学の教科書を著した。それまでの経済学においては、世界各地で様々な経済学が教えられてきたのに対し、サミュエルソン以後においては、新古典派経済学が経済学教育のスタンダードとなる。このような経済学教育の制度化は、経済学教育において教えられるべき経済学の定義と内容を明らかにし、学生が持つべき知識の水準を明確化するというメリットを持つ。しかし、それは経済学=新古典派経済学という図式を固定化し、それ以外の経済学の存在を切り捨てることにつながってしまう。
新古典派経済学は、全ての個人や企業が自らの利潤や効用を最大化するように行動する合理的経済人の存在を仮定することによって、経済現象の数学的記述を可能にし、経済学の科学性を高めてきたが、その結果、現代においてはむしろその非現実性という問題が浮き彫りとなり、学生における人気が低下しつつある。しかし、先述の通り、経済学は20世紀前半まで社会の中に生きる人間の哲学として発展して来たのであり、こうした視点の回復が学部再編によって総合政策学部経済学科として新たに歩みを進めることになった本学における経済学教育においては特に肝要になると考えられる。
2024年度は、以上の点について総合研究センター研究フォーラムにて発表の上、『CUC View & Vision』No. 58において活字化済みであり、一定の成果を見た。また、このテーマは総合政策学部経済学科全体のテーマとして引き継ぎ、2025年には同学科主催、学部・学科を超えた形で研究会の開催を予定している。

2.著書・論文・学会発表等
【著書・論文(査読なし)】
「高等教育における経済学の在り方」石井泰幸(単著)、『CUC View & Vision』No. 58、21−24、2024年